A critical role for IGF-II in memory consolidation and enhancement
以下は、論文要約の抜粋です。
ラットにおいて、インスリン様増殖因子II(IGF-II or IGF2)を投与すると、有意に記憶保持が増強され、忘却が防止された。
抑制的回避学習を行わせると、海馬におけるIGF-IIの発現が増加した。この発現には、転写因子CCAATエンハンサー結合タンパク質βが必要で、IGF-IIの発現は記憶の固定に必須であった。
さらに、訓練あるいは記憶の呼び出し後に海馬にIGF-IIを注入すると、記憶保持と忘却防止が有意に増強された。この場合、IGF-IIは記憶固定が感受性である一定の時期に投与されないと効果がなかった。
IGF-II依存的記憶増強には、IGF-II受容体、新規タンパク質合成、細胞骨格関連タンパク質、グリコーゲンシンターゼキナーゼ3(GSK3)が必要だった。さらに、シナプスでのGSK3βの活性化と、AMPA受容体のGluR1サブユニットの発現増加とこの増強と相関していた。海馬スライスでは、IGF-IIは、弱いシナプス刺激後のIGF-II受容体依存的なLTPを促進した。
以上のように、IGF-IIは認知機能増強治療のための新しい標的かもしれない。
ラットは夜行性なので暗いところに入りたがります。論文によると、中が暗い箱に電気ショックをしかけておいて、入らなくなることを学習させると、記憶で重要とされている海馬とよばれる脳の部分でIGF-IIの発現が増えるそうです。
上記のように、アンチセンスを海馬に注入してIGF-IIの発現を押さえると記憶が固定せず、同時にIGF-IIを注入すると記憶が固定したというわかりやすい話です。
IGF-IIによるLTPの促進も確認されているし、IGF-II受容体から下流のメカニズムについても詳しく調べられています。しかし、不思議なことに、これまで学習と記憶についてわかっているメカニズムとの関連はほとんど説明されていません。また、脳全体の分布を調べるとIGF-IIの発現は海馬で一番高いそうですが、記憶が働く時に海馬のどの細胞でIGF-IIの発現が増えているのかはわかりません。
一方、これまでの数多くの研究によって、IGF-II投与はその名のとおり細胞増殖を引きおこし、発がんとの関連も強く示唆されています。
IGF-IIや他のIGF-II受容体刺激薬を「記憶増強薬」として用いることは難しいと思います。
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