BETブロモドメイン選択的阻害薬――BRD4-NUT融合がん遺伝子によるNUT正中がんに有効

Selective inhibition of BET bromodomains

以下は、論文要約の抜粋です。


遺伝子発現をエピジェネティックに調節するタンパク質は、分子標的薬開発のターゲットとして注目され、熱心に研究されている。

しかし、これまでに阻害薬などの開発に成功したのは、エピジェネティック情報の「書き屋」と「消し屋」であるクロマチン修飾酵素に限られており、ヒストン結合モジュールに対する強力な阻害剤はまだ報告されていない。

本論文では、ブロモドメインとよばれるアセチルリジン認識モチーフに拮抗的に結合する細胞膜透過性低分子化合物(JQ1)を報告する。

JQ1とBET(bromodomain and extra-terminal)ファミリーに属するBRD4との共結晶の構造解析によって、JQ1が強力で特異的なBRD4拮抗作用を示すのは、JQ1がBRD4のアセチルリジン結合ポケットにスッポリと収まるためであることがわかった。

治療不能なタイプのヒト扁平上皮がんの中には、BRD4の転座によって生じるものがある。このようなBRD4依存性のがん細胞株と患者由来の異種移植片モデルにおいてJQ1を投与すると、JQ1の拮抗的結合によってクロマチンからBRD4融合がんタンパク質が外れ、扁平上皮への分化と特異的な抗細胞増殖作用が促進された。

以上の結果は、エピジェネティック情報の「読み屋」のドメインを介したタンパク質間相互作用が、薬物開発の標的になるという概念を証明するものである。


真核細胞生物では、DNAはヒストンと結合してヌクレオソームと呼ばれる複合体を形成し、通常は不活性化状態になっています。一般的に、ヒストンの高アセチル化領域では遺伝子の転写が活性化され、低アセチル化領域では転写が不活性であることが知られています。ヒストンのアセチル化は、ヒストンアセチル化転移酵素(HAT)とヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)によって制御されています。これが上記の要約にある「書き屋」と「消し屋」です。

BET (bromodomain and extra-terminal)ファミリータンパク質は、ブロモドメインにおいてヒストンのアセチル化されたリジンを認識することにより、転写活性化因子として機能します。BRD4はこのようなBETファミリータンパク質の1つです。

染色体の転座によって偶然できた融合タンパク質が、細胞増殖を刺激してがんができるのは、Bcr-AblやEML4-ALKのキナーゼ活性化の例が良く知られています。上記のBRD4も転座によってNUTというタンパク質との融合タンパク質をつくり、NUT midline carcinoma(NMC)という致死性の高い悪性腫瘍を生じることが知られています。NMCは、若年者(0~70歳、平均17.6歳)に好発し、気道、胸腺、縦隔、気道組織、および膀胱などの正中線上の上皮組織に発生する腫瘍です。

BRD4-NUTは、通常は不活性の染色体の一部に働いてアセチル化を亢進させることが知られています。そこで、BETブロモドメインの働きを阻害するJQ1がNMCに有効ではないか?というのがこの論文の発想です。

SH2などのドメインを介したタンパク質間相互作用を阻害する薬物はこれまでほとんどありませんでした。これらの相互作用の多くが立体的に浅いポケットを介しているからだと考えられます。今回のBETブロモドメインが例外なのかどうかわかりませんが、「ドメイン阻害薬」という新しい概念ができることを期待したいと思います。

BETブロモドメインの選択的阻害による抗腫瘍作用と抗炎症作用(Natureより)

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