以下は、論文要約の抜粋です。
背景:せん妄は重症患者においてしばしば認められ、有害転帰を伴う。せん妄の発生にはアセチルコリン神経伝達の障害が重要であると思われる。研究者らは、重症患者に発症したせん妄期間の長さに対するコリンエステラーゼ阻害薬リバスチグミン(rivastigmine)の影響を検討した。
方法:せん妄と診断された患者(18歳以上)がオランダの6箇所のICUから登録され、2008年11月から2010年1月まで治療された。患者はランダム化され、リバスチグミン(1.5-6mgx2/day)あるいはプラセボが、低用量ハロペリドールに追加投与された。主要アウトカムは、入院中のせん妄期間とした。
結果:当初は、440例が登録予定だったが、104例目の患者の登録後、リバスチグミン投与群の死亡率(22%)がプラセボ群(8%)よりも高いために臨床試験は中止された。リバスチグミン群のせん妄期間中央値は5日、プラセボ群では3日だった。
解釈:リバスチグミンはせん妄期間を短縮せず、おそらく死亡率も増加させる。したがって、重症患者のせん妄に対してリバスチグミンの使用は推奨できない。
リバスチグミン(商品名:エキセロン)は、日本で市販されているdonepezil(商品名:アリセプト)と良く似たコリンエステラーゼ阻害薬で、欧米ではアルツハイマー病に用いられていますが、日本ではまだ認可されていません(第Ⅲ相試験中)。通常は溶液で使用し、便利そうな貼り薬もできました(記事をみる)。
せん妄は、注意、認知および意識レベルにおける、急性、一過性、通常は可逆的な、動揺性のある障害です。せん妄は、高齢者で比較的多く、入院する高齢患者の10%以上がせん妄を有しており、15~50%は入院期間中にせん妄を経験するとされています。薬物では、抗コリン薬、精神興奮薬、オピオイドなどがせん妄の原因となりうるそうです。
せん妄に対してもっとも良く用いられる薬物は、この論文で書かれている低用量ハロペリドール(0.5~1.0mg,経口,静注または筋注)で、興奮や精神症状を抑制しますが、原因が是正されるわけではなく、せん妄を長期化または悪化させることもあります(メルクマニュアルより)。また、ハロペリドールが有効であるというエビデンスは少なく、錐体外路症状などの副作用もあります。
ベンゾジアゼピン誘導体も用いられていますが、エビデンスはなく、せん妄を誘発するという報告もあります。上記のように、高齢者で抗コリン薬を使用するとせん妄がおきやすいことや、脳梗塞後のせん妄に対してリバスチグミンが有効という報告などの存在が、本臨床試験を行う背景にあったようです。
しかし期待とは逆に、せん妄が見られる重症患者を対象とした本ランダム化臨床試験では、低用量ハロペリドールにリバスチグミンを追加投与するという最も考えられそうな使用で、悪い結果が出てしまいました。今後はdonepezil(商品名:アリセプト)も含めて、せん妄にコリンエステラーゼ阻害薬を使うことは難しくなると思います。
この研究は、リバスチグミンのメーカーであるノバルティスによって資金が提供されています。このような不都合な論文の発表を認めたのは立派だと思います。
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