アスピリン長期服用の結腸直腸がん発症と死亡への影響:無作為化試験5つを20年間追跡した結果

アスピリンの少量・長期服用で大腸がんリスク抑制に効果
以下は、記事の抜粋です。


アスピリンを長期間にわたり毎日少量ずつ服用することで、結腸直腸がんの発症リスクが約4分の1、死亡リスクが約3分の1減少するとする論文が10月22日、The Lancet電子版に発表された。

アスピリンを比較的大量に服用すると結腸直腸がん予防に効果があることは、これまでの研究で明らかになっているが、大量服用による出血リスクの方が上回る可能性があることもわかっている。

オックスフォード大などの研究チームは、少量でも効果があるのかを調べるため、1980年代と90年代初頭に英国とスウェーデンで行われたアスピリンの心臓血管系への影響に関する4つの臨床試験に着目し、記録のある18年後までに被験者が結腸直腸がんと診断されたか、それにより死亡したかを調べた。

臨床試験の実施期間は平均6年間で、被験者はアスピリンかプラシーボを服用。1日あたりの服用量は最大で1200ミリグラムだった。被験者1万4033人のうち、結腸直腸がんを発症したのは391人だった。

総合すると、アスピリンの服用は、少量でも、結腸直腸がんの発症リスクを24%、死亡リスクを35%減少させていた。効果は、1日あたりの服用量が75ミリグラム以上と以下ではさほど変わらなかった。


元論文のタイトルは、”Long-term effect of aspirin on colorectal cancer incidence and mortality: 20-year follow-up of five randomised trials”です(論文をみる)。

論文によると、「これまでの大量」というのは500mg/day以上で、「今回の少量」というのは75-300mg/dayです。日本で血栓・梗塞形成の抑制に用いられるのはバイアスピリン(100mg錠)かバファリン(81mg錠)で、それぞれ1日3錠、4錠まで増量可ということですので、ちょうどこの論文にあてはまる量のアスピリンが多くの日本人患者にも長期間投与されています。

アスピリンについて少し説明します。アスピリンは、アラキドン酸からプロスタグランジン(PG)やトロンボキサン(TX)を作るシクロオキシゲナーゼ(COX)という酵素を阻害して抗炎症作用や抗血小板作用を発揮します。COXには、COX-1、COX-2、COX-3の3種類がありますが、アスピリンはこれらすべてを阻害します。

COX-1は、どの組織(胃粘膜、血管内皮、血小板、腎など全身)の細胞にも、活性型として常に一定量存在する構成型の酵素。COX-2は、サイトカインなどの刺激により一過性に産生される誘導型の酵素。COX-3は、COX-1のスプライシングバリアントで主に中枢神経系に存在する酵素です。
COX-2が産生するPGは、がん細胞の増殖や血管新生を刺激するなどのメカニズムによって、がんの成長に重要な役割を果たしていると考えられています。

古くからある非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs: non-steroidal anti-inflammatory drugs)も、COXサブタイプを区別せずすべて阻害します。そのため、アスピリンやNSAIDsでは、胃粘膜のCOX-1阻害による消化性潰瘍という副作用が大きな問題でした。セレコキシブなどのCOX-2選択的阻害薬は、副作用がない夢の抗炎症薬(スーパーアスピリン)として登場し、抗腫瘍作用も期待されていました。しかし、COX-2選択的阻害薬には、心血管イベントの発生という意外かつ重大な副作用がありました。

心血管系イベントとは、心筋梗塞、不安定狭心症、心臓突然死、脳血管障害、肺塞栓症などです。これらが、慢性関節リウマチや大腸腺腫症などの臨床試験中に多発しました。その結果を受けてメルク社は2004年、COX-2選択的阻害薬rofecoxibを欧米市場から撤退させました。セレコキシブはまだ市場に留まっていますが、期待されたほどの売り上げではありません。

血小板にはCOX-1のみが発現し、血管内皮にはCOX-1とCOX-2の両方が発現しています。COX-2阻害薬の投与により内皮のPGI2産出が減少するため、相対的TXA2増加となり、血圧上昇、動脈硬化促進、血栓形成促進などが生じることや、心血管で誘導されるCOX-2が産生するPGには心血管保護作用があることなどが心血管系イベントの原因だと考えられています。

このため、最近では消化性潰瘍リスクのある患者に抗炎症薬を投与する場合、選択性の高いCOX-2阻害薬を選ぶよりも、選択性の低い阻害薬と抗潰瘍薬の組み合わせを選ぶ傾向があります。

さて、アスピリンは最も古くから使われているCOX阻害薬で、その危険性・安全性についてはほとんど知り尽くされています。

記事にあるように、論文の臨床試験は結腸直腸がんに注目したものではなく、アスピリンの副作用による死亡データもないこと。また、試験は結腸がんスクリーニングが普及する前に行われたため、アスピリンの利点が過大評価されている可能性はあるかもしれません。

しかし、本当にアスピリンの少量・長期服用で大腸がんリスク抑制に効果があることが確認されれば、結腸直腸がんを予防するためにアスピリンの少量服用が推奨される可能性があると思います。新しい臨床試験の結果が楽しみです。

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