プレプリントによる研究発表

論文発表されてないのに10大成果に!? ~ことしの「サイエンス」トップ10に異例の出来事~
以下は、記事の抜粋です。


アメリカの科学雑誌「サイエンス」が選んだことしの10大ニュース。その中に日本の海洋研究開発機構などのグループの研究が選ばれました。生物の進化の謎に迫ると高い評価を得ているのですが、選ばれた研究者はコメントを発表し「論文は投稿している途中なので、詳細は後日、発信する予定です」とのこと。実はこの研究、論文で正式に発表はされていないのです。発表されていない研究がサイエンスの10大ニュースに選ばれるという異例の事態の背景には、激しい競争を受けて変化する研究現場の事情がありました。

そして、その中には日本の海洋研究開発機構の井町寛之 主任研究員などの研究グループの成果も入りました。その内容は、私たちヒトを含む多細胞生物が分類される真核生物というグループに進化した可能性がある微生物を発見し、生物の進化の謎に迫る重要な業績をあげたとされています。

これを受けて井町主任研究員はコメントを発表しました。「大変光栄に思います。私たち人間を含む生物の進化の謎に迫るもので、論文は投稿している途中なので詳細は後日、発信する予定です。引き続き注目してもらえるとうれしいです」。

つまりこの成果はまだ論文としては発表されていないというのです。これまでの科学の世界では、論文で発表される前に業績として認められることは基本的にはありません。なぜ、この研究は論文発表前にサイエンスの10大ニュースに選ばれたのでしょうか。

今回、井町主任研究員は「プレプリント」と呼ばれ、これまでとは違う、新しい手法で公表していたのです。「プレプリント」とは、研究者が成果を論文にまとめると、雑誌社に投稿するとともにこの段階の論文をネット上の専門のサーバーで公開するものです。

一般的に、研究者が研究内容を論文にまとめて雑誌社に投稿すると、ほかの研究者がその論文を審査します。そこで実験結果の解釈や気づかなかったポイントなどが指摘され、それに基づいて修正する作業が何回か行われ、ようやく雑誌社は論文を受理します。受理された論文が雑誌として出版されると、ここで初めて研究内容が広く知られることになります。これは、ピアレビュー(査読)と呼ばれるシステムで、研究の正確性と発展を担ってきた、いわば現代科学の根幹です。

一方の「プレプリント」は、ピアレビューの前に研究の内容を広く公開します。研究の進展が早いコンピューターサイエンスなどの分野で普及しましたが、生命科学の分野ではまだまだ浸透していません。それでもなぜ「プレプリント」に投稿したのか。井町主任研究員は、この研究に1番初めに成功したという事実を残しておきたかったからだと言います。雑誌社に投稿した後に行われるピアレビュー(査読)と論文の修正には長い時間がかかるケースが多く、数か月以上や、場合によっては1年に及ぶこともあるのです。その作業をしている間にほかの研究者が論文を発表してしまうと、せっかく最初に成功していても2番手と見なされてしまうのです。

プレプリントに投稿するやその反響は思った以上に大きかったと井町主任研究員は言います。同じ分野の研究者からは講演の依頼が次々ときたほか、さまざまな科学雑誌の編集者からも「この論文を私どもの科学雑誌から出版しませんか」と持ちかけられたと言います。なんと、井町主任研究員がすでに投稿した雑誌社の編集者からも「ぜひ我が社に投稿しないか」と連絡が来て「すでに投稿しましたよ」と返答する一幕もあったということです。論文の正式な発表は最終段階に来ていて、間もなく雑誌社が出版するとみられるとしています。

こうした「プレプリント」が普及する背景として、ささやかれているもうひとつの理由があります。それは、研究者側にある現在のピアレビューのシステムへの不信感です。有名科学雑誌は欧米の出版社や学会が取り仕切っていることが多く、重要な研究成果を雑誌社に投稿した段階でライバルの欧米の研究者にその内容が漏れて競争が不利になっているのではないかとまことしやかに言われることがあるのです。そのため、1番手であることを揺るがぬものにしておきたいという心理が働くというのです。

「プレプリント」の流れはさらに拡大すると見られています。今回の異例の選出は研究者が激しい競争にさらされ、従来のシステムへの信頼も揺れ動く中で現れた新しい科学の側面でもありました。


2010年に書いたブログで、「ポアンカレ予想」を解決したペレルマン氏の論文がarXivに掲載されたことを紹介しました(記事をみる)。arXivは数物系の雑誌で、査読も冊子体もないオープンアクセス(全文がインターネットで公開)ジャーナルです。その記事で私は、「医学・生物学の分野でも、このようなサイトが一般的になれば面白い」と書きましたが、ついにその時が来たようです。

以前は、論文が有名雑誌に掲載されなければ無視されるなどと言う先輩がいて、必死で有名雑誌に投稿し、何度も査読による改訂を繰り返すうちに他の研究室から同じような結果が発表されてしまい、せっかくの発見がどこにも発表できなくなったという悲劇が少なからずあったようです。今後は、査読のある雑誌に投稿したら危ないような大発見は、このような形で世間に発表することが増えると思います。

科学雑誌「サイエンス」から 井町さんが12年かけて培養に成功した微生物

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