心不全患者において,LCZ696(ネプリライシン阻害+アンジオテンシンⅡ受容体阻害)がACE阻害薬にくらべて予後を20%改善
いろいろと評判の悪いノバルティスですが、このLCZ696という薬は面白いです。以下は、欧州心臓病学会(ESC)学術集会2014の学会レポートの抜粋です。
LCZ696による大幅な予後改善作用が示されたことにより,今春試験が早期終了となったPARADIGM HFの結果がHot LineⅠで発表された。
同試験は心不全患者(NYHA心機能分類Ⅱ~Ⅳ,左室駆出率≦40%)8,442例を,新規心不全治療薬LCZ696 200mg 1日2回またはACE阻害薬エナラプリル10mg 1日2回投与する群に無作為割り付けして,心血管死または心不全による入院(一次エンドポイント)の発生率を比較。追跡27ヵ月(中央値)の時点でLCZ696群で明らかな優越性が認められたため早期終了となった。
おもなエンドポイント発生率は以下のとおり。
■心血管死または心不全による入院(一次エンドポイント)
LCZ696群914例(21.8%) vs エナラプリル群1,117例(26.5%),ハザード比(HR)0.80(95%信頼区間[CI]0.73~0.87,P<0.001)
■全死亡
LCZ696群711例(17.0%) vs エナラプリル群835例(19.8%),HR 0.84(95%CI 0.76~0.93,P<0.001)
■心血管死
LCZ696群558例(13.3%) vs エナラプリル群693例(16.5%),HR 0.80(95%CI 0.71~0.89,P<0.001)
LCZ696群のほうが症候性低血圧(14% vs 9.2%,P<0.001)や重症ではない血管浮腫の発生率が高かったが,有害イベントにより治療を中止した割合も低かった(10.7% vs 12.3%,P=0.03)。
発表者のMilton Packer氏は「慢性心不全患者のこれからの治療を変える,極めて強力で説得力のある結果だ。LCZ696が予後に対してこのような優位性をもつなら,同薬が入手可能になった後,あえてACE阻害薬やARBなどの既存薬が処方されることはなくなるだろう。」と述べた。
論文はNew England Journalに掲載されています。タイトルは、”Angiotensin–Neprilysin Inhibition versus Enalapril in Heart Failure”です(論文をみる)。
LCZ696は、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬バルサルタン(あのディオバン®)と、ネプリライシン阻害剤との合剤です。ネプリライシンは、ANPやBNPなどのナトリウム利尿ペプチドやβアミロイドを分解する生体内に広く分布する膜タンパク質です。
心不全のマーカーとして知られているBNPは、心筋のストレスにより心室から分泌され、ナトリウムを身体から排泄し、血管を拡張させて血圧を下げることにより、心臓の負荷を軽減することが知られています。
ネプリライシンを阻害すると、心不全状態に反応して分泌されたBNPが増えるため、上記の理由で心臓負荷の軽減が期待されるのですが、脳ではβアミロイドが分解されないためにアルツハイマーのリスクが高まる恐れがあります。しかし、LCZ696に含まれるネプリライシン阻害薬sacubitrilは血液脳関門を越えにくい(脳へ移行しにくい)ため、そのようなリスクは低いとされています。
バルサルタン(ディオバン®)などのARBや今回LCZ696と比較されたエナラプリル(レニベース®)などのACE阻害薬によるレニン・アンジオテンシン系の抑制は、血圧を下げ、心筋のリモデリングを抑制することで、心不全を改善します。ARBとACE阻害薬の心不全改善効果にはほとんど差はありません。
今回の研究では、ARBとネプリライシン阻害薬の合剤は、ACE阻害薬単独よりも予後を20%も改善したということが報告されています。これは、これまで長い間、ARBとACE阻害薬がスタンダードであった心不全治療を一変させる可能性を示唆しています。だから、記事にあるように、共著者John McMurray氏も「驚くべき結果であり,心不全患者にとって本当のブレイクスルーだ」と言っているのでしょう。
また、ビジネスとして考えても、単独のネプリライシン阻害薬がマーケットに出るまでは、心不全治療市場はLCZ696の独壇場になる可能性を示唆しています。世界中が高齢化を迎え、心不全人口の著しい増加が予想される状況を考えると、LCZ696がノバルティスの期待の星であることは疑いがありません。ディオバン®復活の可能性は高いと思います。
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