読売新聞「千人計画」特集が覆い隠す日本の基礎科学の危機
読売新聞が広めようとしている「陰謀論」が詳しく説明されています。以下は、記事の抜粋です。
下記は1月以降読売新聞が「千人計画」に関連し掲載した主な記事である。ウェブ上の記事をリンクしたが、誌面では前述の通り一面にも掲載されるなど大きく取り上げられている。
- 中国「千人計画」に日本人、政府が規制強化へ…研究者44人を確認(元旦一面記事)
- 中国の「千人計画」念頭、外国の研究資金に申告義務…すでに審査開始
- 留学生らの出身組織確認、私大4割が実施せず…軍事技術の流出懸念
- 中国「千人計画」、日本人研究者らに論文ノルマ…「著名な科学誌に2本」要求
昨年の5月記事を含め、これらの記事の根底に以下のような前提があるようだ。
1. 中国は軍事応用を目的とし日本の先端技術を獲得するため、日本人の大学研究者を狙っている
2. そのために「千人計画」を通し、高待遇での引き抜き攻勢を行っている
3. 安全保障に関わる技術流出は問題である
4. そのための対策として海外からの研究費の申告義務化を行うべきである。
これらを検討していこう。
1.「千人計画」は軍事や応用分野に限ったものではなく、自然科学の分野を幅広く対象としたものであり、むしろ基礎科学分野の研究者が多い。しかも採択者の圧倒的多数が中国出身だ。そのことから、この計画は軍事技術を主な目的と考えるよりも大学の基礎研究力の底上げ、大学ランキングの向上を狙った補助金政策であるのが実態であるといえるだろう。実際、千人計画開始以降、中国の大学の世界ランキングは大幅に上昇している。先日も分野別のQS世界大学ランキングが発表されたが、東大よりランキング上位の大学が多数ある。しかし、読売新聞の元旦記事ではそういった視点は一切みられず、「44人」という見出しを含め、外国人を対象とし、軍事関連の技術を狙った秘密のプロジェクトという印象をあたえる構成となっている。
2. 中国の大学に所属する日本人研究者は、千人計画の採択者やそれら以外を含め、主に「若手中堅」と「日本を定年後のシニア」に分けることができる。若手中堅については、日本の大学が厳しい状況にあり、日本に職がなかったというパターンが多く、給与も「相場は「年収450万~750万円」」と決して高額ではないようだ。また、シニアについても、かなり有名な研究者ですら「日本の大学で勤務時と同額を保証」だという。そしてそれらシニアについても、日本の国立大学を定年後、日本に職がなく、やむをえず定年後中国で研究というパターンが多いようである。また研究分野も、読売新聞が心配しているような応用研究者より、天文といったような「日本で支援が得られず職がなくなっている基礎分野」の研究者が多い。
このような事情を考えると、千人計画の採択の有無を問わず、中国へ渡る日本人研究者が増えている問題の本質は、「軍事応用を狙った高給引き抜きによる技術流出」ではなく、「中国が近年研究レベルを向上させる一方、日本では研究環境悪化が続き、基礎科学の人材が流出している」というところではないだろうか。しかし、読売新聞の一連の記事にはそのような視点は一切みられず、「日本のほうが進んでおり、中国へ高待遇で引き抜かれている」という印象をつくろうとしている。
3.安全保障に関わる技術流出が問題なのは論を俟たない。しかし、これまで述べたように「千人計画」を含め、中国に渡る日本人研究者の多くは軍事や産業技術から遠い基礎研究者である。その成果は論文として世界に公表されるため、中国だけにその知見がいきわたるものではない。また、応用寄りの研究者についても経済産業省の許可をとった上で渡航している。読売新聞は「どんな技術でも軍事転用可能」と言わんばかりの記事を出している。論文が公表されるような基礎研究の成果も、長期的には軍事につながりかねないというのであれば、日本の大学に所属する日本人研究者が発表した論文がそのようなことにもなりえるが、今後日本の大学から論文発表をやめろとでもいうべきなのだろうか。極端な対応は国益を損なうものであることは、対中強硬派のトランプ政権高官(当時)ですら主張しているのだ。荒唐無稽な「何でも軍事転用可能論」は日本の国益を損なうものであると言わざるを得ない。
4. 読売新聞は、「千人計画」の対策として海外研究費の申告義務化を繰り返し訴えているが、実効性のない対応が有効であるように繰り返し、取り上げるのは問題の解決にはならず、問題を覆い隠すだけであろう。安全保障貿易関連の規制リストに違反することや給与の二重取りによる脱税などと関係なく中国へ渡った日本人研究者を「高給で軍事技術を中国に売った」と筋違いなバッシングを展開することは、日本の基礎研究の危機を覆い隠し、長期的には国力の衰退をもたらすのではないか。
大新聞の影響力は少なくない。個々の研究者へのバッシングではなく、まずは日本の基礎研究環境の改善や基礎科学への地道な支援の重要性を訴えていくことが必要なのではないだろうか。読売新聞には、科学部を中心に、日本や諸外国の科学研究に造詣の深い素晴らしい記者が数多くいるはずである。先にあげた文化部の記事もそうだが、冷静に状況を分析することができる記者の方々がいる読売新聞には、大いに期待している。是非その期待に応えてもらいたい。
とても良く書かれている記事だと思います。
記事に書かれているように、中国の「千人計画」は、大学の基礎研究力の底上げ、大学ランキングの向上を狙った補助金政策であるのが実態だと思います。実際、千人計画開始以降、中国の大学の世界ランキングは大幅に上昇している。先日も分野別のQS世界大学ランキングが発表されたが、東大よりランキング上位の大学が多数あるのは事実です。
基礎でも応用でも、軍事に役立つような研究では圧倒的に中国が進んでいるので、軍事研究のためにわざわざ日本人研究者をよんで研究させる必要はないと考えるのが今では妥当でしょう。
読売は、国民の中国への恐怖をあおり、「日本すごい!」という過去の栄光に目を向けさせて、何を狙っているのでしょうか?
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