以下は、記事の抜粋です。
統合失調症の患者にみられる感情や会話、社会性の喪失といった症状に関わっているとされるグルタミン酸の神経伝達異常に、アミノ酸の一種である「Lセリン」の脳内での不足が関係していることを、九州大の古屋教授らのグループがマウスを使った実験で12月24日までに突き止め、米J. Biol. Chem.誌(電子版)に発表した。
古屋教授は脳内でLセリンを増やす方法の研究も進めており、統合失調症の発症メカニズムの一端を解明し、治療薬の開発に結び付く可能性も期待されている。
Lセリンは、グルタミン酸の神経伝達時に、刺激を受け取る受容体を活性化させるアミノ酸「Dセリン」の元となる物質。これまで統合失調症の患者について、血液中などのDセリンの含量低下が報告されてきた。
元論文のタイトルは、”Brain-specific Phgdh Deletion Reveals a Pivotal Role for L-Serine Biosynthesis in Controlling the Level of D-Serine, an N-methyl-D-aspartate Receptor Co-agonist, in Adult Brain”です(論文をみる)。
哺乳動物脳では、Dセリンはセリン・ラセマーゼによってLセリンから合成されます。Dセリンは、NMDA受容体のグリシン・アロステリック修飾部位に結合します。このDセリンの結合は、NMDA受容体機能に必須であり、Dセリンが低下するとNMDA受容体機能も低下すると考えられています(下図参照)。
統合失調症の脳では、Dセリンレベルの減少によるNMDA受容体機能の低下がおこると考えられていますが、Dセリンの前駆物質であるLセリンがどのようにして供給され、LセリンがどのようにしてDセリン代謝を制御しているかは不明でした。
研究者らは、リン酸化経路でつくられるLセリンがDセリン合成に必須であるかどうかを確かめるために、リン酸化経路によるLセリン合成の第1段階の酵素であるD-3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素(Phgdh)のコンディショナル・ノックアウトマウスを作成しました。
このノックアウトマウスの大脳皮質と海馬では、LセリンもDセリンも著明に低下しましたが、セリン・ラセマーゼやNMDA受容体各サブユニットのタンパク質量には変化が認められませんでした。また、NMDA受容体の活性によって発現が制御されるArcという遺伝子の発現は、ノックアウトマウスの海馬において減少しました。しかし、この減少がLセリンあるいはDセリンの投与で回復するかどうかは調べられていません。
これらの結果は、Lセリンの量が前脳におけるDセリン合成を決定し、少なくとも海馬においてはNMDA受容体の活性も制御することを示唆しています。また、血中からのLセリン供給だけでは不十分であることも示唆しています。
この論文を読むまでは、統合失調症のDセリン欠乏仮説は知りませんでした。抗精神病薬にDセリンを追加投与すると統合失調症が改善するという報告もあります。以下に関連する論文を紹介します。
1. D-serine added to antipsychotics for the treatment of schizophrenia.
2. D-serine efficacy as add-on pharmacotherapy to risperidone and olanzapine for treatment-refractory schizophrenia.
3. Glutamate as a therapeutic target in psychiatric disorders.
NMDA受容体の模式図とDセリン結合部位(Molecular Psychiatryより)
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