ヒ素を「食べる」細菌の発見は、生物学の常識を覆すような「すごいニュース」なのか?

ヒ素食べる細菌、NASAなど発見 生物の「常識」覆す

以下は、記事の抜粋です。


猛毒のヒ素を「食べる」細菌を、米航空宇宙局(NASA)などの研究グループが見つけた。生物が生命を維持して増えるために、炭素や水素、窒素、酸素、リン、硫黄の「6元素」が欠かせないが、この細菌はリンの代わりにヒ素をDNAの中に取り込んでいた。これまでの「生物学の常識」を覆す発見といえそうだ。

今回の発見では、NASAが記者会見「宇宙生物学上の発見」を設定したため、「地球外生命体発見か」と、国内外の主要メディアがニュースで取り上げるなど「宇宙人騒動」が起きていた。

この細菌「GFAJ-1」株は、天然のヒ素を多く含む米カリフォルニア州の塩湖「モノ湖」の堆積物から見つかった。研究室で培養して調べたところ、リンの代わりにヒ素を代謝に使い、増殖していた。リンは、炭素などほかの5元素とともに、生命体が核酸やたんぱく質などを作るのに必要な元素だ。ヒ素とリンは化学的な性質が似ている。

これまで、永久凍土や深海の熱水の中など「極限環境」で生きる微生物は複数見つかっているが、こうした性質はもっていなかった。この発見は、生命が環境に応じて柔軟に対応できることを示しており、地球外生命体探しでの「生命に必須な水を探す」といった「常識」も覆される可能性がありそうだ。

金沢大の牧輝弥准教授は「この細菌の発見で生物細胞を構成する『六つの元素』の概念が変わり、生物細胞内での新たな代謝の仕組みが提唱されるかもしれない」としている。研究成果は12月2日付の米科学誌サイエンス電子版で発表される。


元論文のタイトルは、”A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus”です(論文をみる)。

このニュースは、敬愛する柳田先生もブログで「すごいニュース」としてとりあげられています(ブログ記事をみる)。しかし、本当に「すごいニュース」なのでしょうか?以下に説明するように、論文には生物の「常識」を覆すような記載はないと思います。

研究者らの発見したGFAJ-1という微生物は細菌の一種で、ヒ素に強い耐性を示しますが、リンをヒ素に換えた培地では増殖が極端に遅くなります。また、培地からもGFAJ-1からもリンを完全に除くことはできておらず、細菌のDNAにヒ素がリンのかわりに取り込まれているという証拠も示されていません。

論文の表の数字は、GFAJ-1がヒ素よりもリンをずっと好むことを示しています。即ち、通常の生育環境では、微生物内の存在比はP:As=500:1で、リンを培地から除いてヒ素をモノ湖の3倍濃度加えて培養してもP:As=1:7.3です。分画すると、大半のヒ素は有機層に回収され、核酸などが回収される水層には11%しか来ていません。細胞に取り込まれたヒ素の大半は液胞内に存在すると思われます。

以上の結果は、GFAJ-1は高ヒ素というモノ湖の極限環境にうまく適応した生物ではありますが、独立した進化を辿ったものではなく、我々と同じ系統樹の上に位置する細菌の1種にすぎないことを示唆していると思います。

上記のように、この論文では、GFAJ-1のDNAにヒ素が取り込まれていることも示していないし、ATPの代わりに、”ATAs”を利用している証拠も示していません。どうして、Science誌の査読者はGFAJ-1のゲノム情報を要求しなかったのでしょうか?ATPやリン脂質関係の酵素のアミノ酸配列を見れば、本当に「画期的な」生物かどうかがわかったはずです。

以上をまとめると、GFAJ-1は”arsenic-based”生命でも、「ヒ素を食べる」細菌でもなく、教科書を書き換える必要もないと思います。マスコミを利用したNASAの予算確保活動でないことを願います。

GFAJ-1の発見者Felisa Wolfe-Simon氏(GFAJは、”Give Felisa a Job”に由来、WSJ.comより)

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