大相撲―いじめ的処罰を悲しむ、ファイト!琴光喜

大相撲 ― いじめ的処罰を悲しむ

以下は、北村隆司さんがアゴラに書かれた文章からの抜粋です。


大相撲の野球賭博問題を巡って、相撲協会や力士が何故これほど叩かれるのか私には判りません。マスコミに叩かれて「世間を騒がせた」と言う評価が固まった時点で、運命が決まって仕舞ったのかも知れません。

又、事情聴取も終っていない段階で、真相調査委員会の座長が「琴光喜は当然やる。一番に首だ!」と、マスコミに興奮して語る様子を見て、こんな不用意で不公正な人が調査委員会の座長になる事に第一の疑問を感じました。

第二の疑問は、今回の調査手法が憲法第3章、第31条の「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と言う権利を犯しているのでは?と言う疑いです。

今回の処分は刑法上の処罰ではなく、経営管理上の処置ですが、司法の専門家が調査委員会のメンバーでありながら、調べられる側に司法の専門家をつけない事も適正を欠いたやり方です。

第三の疑問は、個々の親方や力士が受けた処分内容と、「賭博」「野球賭博」「常習性」「賭博金額」「虚偽証言」「暴力団との拘り」などの個別具体的な容疑との因果関係がはっきりせず、何となくその場の「空気」で決めた「どんぶり勘定的判決」をしたのでは?と言う疑惑です。

調査委メンバーが「暴力団とのかかわりは確認できなかった」と認めた以上、今回の処罰対象から「暴力団との拘り」の疑惑は外された筈です。それでありながら「暴力団との拘り」を前提として相撲協会を攻撃し続けるマスコミに抗議すらしない事も腑に落ちません。

私は「賭博」「暴力団」「偽証」を認めている訳でも、処罰に反対しているのでもありません。遥かに反社会性の高い防衛省の「予算も、契約もなしに国税を支出した複数の局長の行為」などの処分に比べ、親方や力士への処分が、余りに突出している事と公正の欠如に不満なのです。日本のいじめ体質の影が見えます。

関取になっても、現役である限り車の運転を禁止され、外出も娯楽も侭為らない力士を、この極端な閉鎖性から解放しない限り、部屋の仲間内で出来る賭け事などに息抜きを求めるのは当たり前です。


抜粋しすぎて、文章の主旨が変わってしまったかもしれません。できれば原文をお読みください。

引用していませんが、「競馬賭博」「競輪賭博」「サッカー賭博」などを国がやっているのだから、「賭博」そのものを道徳的な意味で批判することはできないという北村さんの意見に賛成ですし、上記の三つの疑問にも同意します。

北村さんは原文で、問題解決には「トカゲの尻尾切り」に近い対症療法ではなく、財団法人日本相撲協会を分割して透明性を高めるべきであると主張されていますが、そんな事はあり得ないと思います。むしろ、北村さんが言う「ぬえ的・前近代的・閉鎖的」な相撲協会を守るために「トカゲの尻尾切り」が行われようとしているのだと思います。

これもあり得ないのかもしれませんが、琴光喜には、不当な処分と闘ってほしいです。闘って、上記の「常習性」「賭博金額」「虚偽証言」「暴力団との拘り」などの真実を明らかにすることが、長い目でみれば、相撲界のためでもあると思います。

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