全ゲノム解析とトランスクリプトームから見えてきた乳がんサブグループの分子診断と治療

The breast cancer landscape
今週号のNature誌に乳がんのゲノム解析に関する論文が5報掲載されています。乳がんゲノムをトランスクリプトームや臨床経過と同時に解析することで、乳がんの遺伝学的多様性が明らかになりました。以下は、5つの論文要約の抜粋です。


The genomic and transcriptomic architecture of 2,000 breast tumours reveals novel subgroups
原発性乳がん約2000例のコピー数および遺伝子発現を解析した。異常の多くはシスおよびトランスに作用する体細胞性コピー数異常(copy number aberrations、CNA)によって生じていた。シス作用性の遺伝子群を調べた結果、PPP2R2A、MTAP、MAP2K4などのがん遺伝子候補が見つかった。同時に行ったDNA–RNAプロファイル解析から、臨床転帰が異なる複数の新規乳がんサブグループの存在が明らかになった。これらのサブグループの中には、エストロゲン受容体陽性で11q13/14シス作用性のハイリスクなサブグループや、CNAがなく予後良好なサブグループがあった。トランス作用性異常ホットスポットもサブグループ特異的な遺伝子ネットワークに影響していた。以上の結果は、乳がんの新しい分子レベルでのサブグループ分類が、体細胞性CNAが遺伝子発現に及ぼす影響に基づいて可能であることを示している。

Whole-genome analysis informs breast cancer response to aromatase inhibition
エストロゲン受容体陽性乳がんの多様な臨床像と体細胞変異を関連付けるために、治療前の腫瘍生検標品について、ゲノム解析を行った。有意な変異がある遺伝子18個が見つかり、このうちの5個(RUNX1、CBFB、MYH9、MLL3、SF3B1)は既知のものだった。MAP3K1の変異は組織学的悪性度などと相関していたが、TP53の変異はこれと逆の相関パターンを示した。さらに変異型GATA3はアロマターゼ阻害剤による増殖抑制と相関していた。また、MAP3K1の基質であるMAP2K4の変異は、MAP3K1の減少と同様の変化を示した。これらの乳がんの表現型の違いは、がんをひきおこす細胞内経路の体細胞変異に帰着する。前向き臨床研究における包括的なゲノム塩基配列解読の必要性が確認された。

The clonal and mutational evolution spectrum of primary triple-negative breast cancers
原発性トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体およびERBB2遺伝子増幅の欠如によって定義され、全乳がんの約16%を占める。104症例のTNBCを調べた結果、少数の体細胞遺伝子異常しか見られない腫瘍も、何百もの体細胞変異の見られる腫瘍もあった。また、RNA解析から、発現している変異は約36%であることがわかった。本研究は、TNBC乳がん患者の生物学的特徴を理解し、治療への反応性を予測するためには、個々のがんの遺伝子型の決定が必要であることを示唆する。

The landscape of cancer genes and mutational processes in breast cancer
ドライバー体細胞変異とは、がん細胞にクローン選択優位性を与え、発がんの原因に関与する。乳がんに影響を及ぼすドライバー変異とその変異過程に関しては、包括的な研究がなかった。研究者らは、100の乳がんのゲノムについて、体細胞のコピー数変異とび突然変異について解析した。体細胞突然変異の数は、腫瘍ごとに大きく異なった。研究者らは、変異の数、がんが診断された年齢、がんの組織学的悪性度の間に強い相関を見いだした。ドライバー変異は、AKT2、ARID1B、CASP8、CDKN1B、MAP3K1、MAP3K13、NCOR1、SMARCD1、TBX3など、いくつかの新規がん遺伝子で見つかった。100の腫瘍の中、少なくとも40のがん遺伝子にドライバー変異を見いだした。今回の結果は、乳がんの原因は、遺伝的にかなり多様であることを示している。

Sequence analysis of mutations and translocations across breast cancer subtypes
メキシコとベトナムの患者から得た103例のヒト乳がん由来DNAの全エキソーム解析を行い、さらに22組の乳がん/正常ペアの全ゲノム解析を行った。その結果、PIK3CA、TP53、AKT1、GATA3、MAP3K1の体細胞変異の頻発だけではなく、転写因子遺伝子CBFBの変異の頻発とその結合タンパク質をコードするRUNX1の欠失も明らかになった。さらに、トリプルネガティブの乳がんでは、MAGI3–AKT3融合が多く認められた。これは、ATP拮抗型の低分子AKT阻害薬の投与で抑制できる。


まとめると、これまで数種類にしか分類されていなかった乳がんという病気が、全ゲノム(あるいはエキソーム)解析と発現(トランスクリプトーム)解析によって、それぞれが特徴的な臨床経過を示す数多くのサブグループに分類できることを示しています。さらに、このようなゲノム異常に基づく精密な診断ができれば、それぞれのサブグループに対して個別の分子標的治療が可能であることも示唆しています。

その他、1)多くの変異がみつかってもその約2/3は発現しないパッセンジャー変異である。即ち、変異したがん遺伝子を見つけるだけでは不十分で、治療のためにはがんの原因であるドライバー変異を同定する必要がある。2)アロマターゼ阻害薬の場合、はっきりした単独の薬剤耐性遺伝子は見つからず、耐性の克服は簡単ではない。3)今回明らかになった乳がんの多様性を臨床に結びつけ、個々の患者の治療に応用するためには、さらなる配列決定技術の向上とその解析ソフトの開発が必要である。などが明らかになりました。

次世代や次々世代シーケンサーのおかげで、がんの分子遺伝学的研究の重心が「逆遺伝学」から「遺伝学」に急速にシフトしている感じがします。