「ウィズコロナのリスク受容、真正面から語られず」- 佐々木秀章・沖縄県医療コーディネーターに聞く
インタビュー記事の抜粋です。ウィズコロナのリスクについてですが、同感です。
「ウィズコロナ」という言葉が一人歩きしていますが、この言葉が意味するのはリスクを受け入れながら社会経済活動を再開していくということであって、コロナがない時代に戻るということではないはずです。
現在のような感染状況で「ウィズコロナ」を謳うということは、それはコロナ医療だけでなく通常医療も受けることができないリスクを背負って社会経済活動を活発化させていくということに他なりません。医療へのフリーアクセスは保てるはずもなく、必要であったとしても即座に医療を受けることはできません。それによってさまざまな病気や怪我による死亡率は上がるかもしれませんが、それも受け入れる。これらを受容する前提で、各々が自らの行動を考えていくのが「ウィズコロナ」です。
本来は政府など行政が、しっかりとこうしたメッセージを伝える必要があるでしょう。災害時と同様に、今どのような危険性があるのか、しっかりと伝えてほしい。県民にも、そして観光客の方々にもこうしたリスクについて全く伝わっていないと思います。
語呂の良い言葉ばかりを並べるだけで、その陰にあるリスクの受容については真正面から語られていません。
医療現場で広がる光景と、社会全体の雰囲気との間にあまりに大きなギャップが存在するため医療者への精神的な負荷やストレスは以前にも増して高まっているように感じます。「なんでこんなに待たせるんだ」「なんでベッドを増やして入院させないんだ」と、医療者に向けられる声も厳しいものが増え、身体的な負担は限界を迎えている方も少なくない中、最後は心が折れてしまう。
このような状況が長期化するほどに、医療者の離職増加を危惧してしまいます。実際、沖縄では医師や看護師の離職者も出始めています。このままでは、コロナ医療逼迫による一時的なものではなく、医療者の離職による、より深刻かつ長期的な「医療崩壊」が起きてしまいかねません。
「医療現場で広がる光景と、社会全体の雰囲気との間にあまりに大きなギャップが存在する」というのはその通りで、政治は臭いものにフタをするようにコロナを医療に丸投げしています。このままだと、下図のように人口あたりの新型コロナウイルス死者数もアメリカを抜く可能性があります。
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