脊髄損傷マウスが歩行回復=幹細胞移植と薬剤投与で―奈良先端大
以下は、記事の抜粋です。
重度の脊髄損傷で歩行不能となったマウスに神経幹細胞を移植した上で抗てんかん薬を投与し、失われた機能を回復させる治療法を、奈良先端大院大の中島教授らのグループが開発した。成果は米医学誌Journal of Clinical Investigation電子版に8月17日発表された。
損傷した脳や脊髄は再生能力が低い。再生治療は約30年前から研究されているが、決定打はないとされている。
中島教授らは、マウスの脊髄を損傷させて神経回路を切断、後ろ足が動かなくなるようにした。そこに神経細胞を生み出す神経幹細胞を移植し、てんかんの治療薬として利用されている「バルプロ酸」を1日1回、1週間投与した。
この結果、新しく作られた神経細胞を通じて脳からの指令が後ろ足に伝わるようになり、6週間後には、実験に使用した21匹中15匹が、ぎこちないながらも歩けるようになった。また、残る6匹もある程度の機能回復が見られたという。
元論文のタイトルは、”Neurons derived from transplanted neural stem cells restore disrupted neuronal circuitry in a mouse model of spinal cord injury.”です(論文をみる)。
移植した神経幹細胞が働いているかどうかを調べるために、ジフテリア毒素受容体を発現させた神経幹細胞を移植し、症状が改善した後にジフテリア毒素を投与して移植した細胞を除去すると、症状の改善がなくなることを確認しています。
ところで、この論文には、実験的治療が成功するためには神経幹細胞移植だけではダメで、バルプロ酸の投与が必要だと書かれています。神経幹細胞は神経細胞にもグリア細胞にも分化するのですが、バルプロ酸は神経細胞への分化と神経細胞の突起伸長を促進するそうです。
バルプロ酸にはいろいろな作用があります。抗てんかん薬としては、GABAトランスアミナーゼ阻害作用が重要だと考えられています。
本実験でみられた神経細胞への分化促進などの作用は、ヒストン・デアセチラーゼ(histone deacetylase, HDAC)阻害作用を介しているとされています。というのは、抗てんかん作用は持つがHDAC阻害作用を持たないバルプロ酸アナログのvalpromideは効かず、他のHDAC阻害薬のトリコスタチンAは効いたからです。また、バルプロ酸もトリコスタチンAもヒストンのアセチル化を増強しました。
バルプロ酸は1882年に合成され、当初は溶媒として使用されていた下図のように非常に簡単な構造の化学物質です。1963年Meunierがペンテトラゾール痙攣をバルプロ酸が抑制することを見出し、抗てんかん薬としての可能性が見出されました。バルプロ酸はiPS細胞の作成功率も上昇させ、酵母の細胞内輸送も阻害します。なかなかおもしろい薬物です。
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