食べものだけで余命3カ月のがんは消えない! 「がん食事療法本」が「がん患者」を殺す

食べものだけで余命3カ月のがんは消えない! 「がん食事療法本」が「がん患者」を殺す
「がんが食べものだけで治る」はずはないのですが、そんなことを主張する何人かの医師を含むヒトとプレジデントという雑誌社を相手に、大場医師と週刊新潮が見事な戦いを繰り広げています。以下は、週刊新潮2017年8月31日号の特別読物「食べものだけで余命3カ月のがんは消えない! 『がん食事療法本』が『がん患者』を殺す――大場 大(東京オンコロジークリニック代表)」に書かれた記事の抜粋です(一部の太字はブログ著者)。


21世紀を17年余も経た今もなお、「がんが食べものだけで治る」ことを主張するテキストは枚挙にいとまがない。がんに打ち克ったと自称する者や現役医師まで。「がん患者」のために書かれたはずの本が、その命を奪うことになるという皮肉な現実が横たわっているのである。

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牛肉はダメだが牛乳はよい。いや牛乳はNG、でも乳製品はよい。糖分はがんの餌だから絶対ダメ。だけどたくさんの果物摂取は必須。低体温はがんに良くないが、体が冷えても野菜ジュースは大量に飲むべし。野菜に含まれるβカロチン過剰摂取は発がんリスクあるけどね。塩は厳禁、岩塩はOK。昔の日本食、ことに縄文時代の食事は良かった……なんのこっちゃ。

がん患者さんの心理バイアスにつけ込む不誠実さ。その代表のひとつが「がん食事療法」です。それを記した書籍の中で最初に取り上げるのは『がんが自然に治る生き方』(ケリー・ターナー/プレジデント社)。「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーにもランクインしています。邦訳版の帯には「医師たちが見向きもせず放置していた1000件を超える進行がんの劇的な寛解事例の分析と(略)自己治癒力を引き出す9つの実践項目とは?」とあります。

しかし、1000件を超える寛解事例の分析はどこにも見当たりません。

9つの教えのなかでも最大の教義は「抜本的に食事を変える」。食事療法を奉じる者が決まって唱えるヒポクラテス語録「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事にせよ」を引用しながら以下を強く押し付けてきます。

・砂糖、肉、乳製品、精製食品はノー

・野菜と果物の持つ治癒力を信じて摂取を増やす

・有機食品で体内をきれいにする(断食含む)

・浄水器の水を飲む

それらの実践で、ある患者さんに奇跡的な出来事が起こったとしても、因果関係は定かではなく、その他大勢の患者さんに再現されることはまずありません。

私のもとに来られた相談者の中に次のような方がいました。あるクリニックで検診のためにCT検査を勧められたそうです。結果は、肺に転移のある「膵がんの末期状態」。ショックを受け、これまで元気に過ごしていたのにほぼ寝たきり状態となってしまいました。そんな中、クリニックの医師からこの本を手渡され、食事療法と高額なサプリメントの購入を持ちかけられたと言います。ご家族からセカンド・オピニオンを求められた私がそのCT画像を見たところ、どこにもがんらしき病変は見当たりません。肺にあった1個だけの数ミリ程の小さな影は良性のもの。それで末期と断じてしまうトンデモな医師が身近に潜んでいるということです。

こんなケースもあります。治癒可能な乳がんと診断され、粒子線治療をビジネス展開している民間施設でセカンド・オピニオンを求めたら、この本を読むように言われたようです。手術や抗がん剤のリスクを必要以上に煽り、「治療選択は、あなた自身が決めること。切らずに治せたらそんなに良いことはない。体と心に優しい陽子線を当てて、あとは“免疫力”で治しましょう」と言って、その医師は独自の免疫療法と食事療法をセットで提示してきた。金額はなんと600万円。まるで詐欺師の行状です。

資格を取得しておりません

以下2冊は、料理人が“生き証人”としてものした書籍になります。まず、『食べものだけで余命3か月のガンが消えた』(高遠智子/幻冬舎)。28歳のときに進行卵巣がんを患った著者は手術、抗がん剤、放射線治療を受けるも再発を繰り返して余命3カ月と医師から告げられる。けれど最終的には「食べものだけで」がんが治ったという体験談をもとに、さまざまなレシピを紹介する内容です。

余命3カ月のがんを抱えながらパリの名門料理学校に入学し、4年間通って「フレンチガストロノミー上級ディプロマ」を取得。更に北京中医薬大学薬膳学専科に入学し「国際中医薬膳師免許」も取っています。それら「食」に関する経歴が当時、大々的に報じられました。そして「食べものだけでガンが消える」というタイトルを掲げ、料理教室やメディア出演、講演などを展開していたのです。

この本はターナー氏のように、あれもこれもダメと偏った食を強いることはないようです。ただ、「がんが消える」という話になると医学的に真偽が疑われる記述が目立つのです。たとえば、最初に告げられた診断名は「スキルス性の卵巣ガン」で、後日見つかった肺転移は「スキルス性の腺がん」。ところが、そのような病名はいずれもありません。腎臓、脊髄、乳房、肺への全身転移で歩けない状況で、死を覚悟して車イスでパリに渡ります。そして、モンマルトルのマルシェで手に取った“トマト”をかじった時に次の出来事が。「唾液が湧いてきて、食と体と心の結びつきに目覚め」た。

なんとこのあとに「ガンが消えた」ことになっています。にもかかわらず、どのような食事で「ガンが消えた」のか、因果関係や具体的な病状が時系列として何も書かれていません。

そして彼女は、次回作にまたもや「ガン」を売り文句とした本を出版。その「あとがき」には目を疑う文言がありました。

「じつは、前著で、フレンチガストロノミー上級ディプロマと国際中医薬膳師免許を取得していると記述しましたが、この2つの資格を取得しておりません。この件で、多くの方に多大なるご迷惑をおかけしました」

そのモラルは一体どうなっているのでしょうか。2つの資格を取得していることを最大の売り文句として、多くのがん患者さんたちから信頼を得ていたはずです。そもそも、このように平気で嘘をつける者がいう「余命3か月のガン」は果たして本当だったのでしょうか。

次に、『がんで余命ゼロと言われた私の死なない食事』(神尾哲男/幻冬舎)。骨などに転移したステージ4の前立腺がんを抱えながら、「食」の持つパワーのみでがんと長年付き合い続けた著者は、“奇跡のシェフ”として話題になりました。今年5月に他界されましたが、体に優しい食生活に変えることで、がん患者さんのQOLが維持されるのはとても大切なことです。しかし、「よろしくないな」と思ったのは、根拠が定かではない“免疫力”の効能が縷々綴られていることに加え、「自然(善)VS人工(悪)」という構図で、極端な二元論が持ち出されていることでしょう。著者は、農薬や化学肥料、食品添加物、水道水などを「社会毒」と定義し、一般の塩も大手食品会社の調味料もダメ。砂糖は“最強の毒”と言いますが、何事も程度の問題。度が過ぎれば、たとえオーガニック食品でも必ずリスクとなりえます。更に、

「少なくとも私が知っている50年ほど前の日本では、がんという病気になった人のことを周囲であまり聞かなかったような気がしたからです。せいぜい50、60人に1人いたかいないか」

という根拠なき懐古的な言説も難点のひとつ。

今のように早期での発見が難しかったり、患者本人にがん告知がされにくい時代であったことを差し引いたとして、本当に「昔の日本食」は良かったのか。明治から大正・昭和初期にかけての平均寿命は40歳そこそこ。栄養状態も悪く死因の多くは「結核」「肺炎」「胃腸炎」などのいわゆる感染症でした。昔の日本食に依存していた時代の寿命は今と比べるとかなり短かかった。したがって、がんになる前に他の病気で死んでいたわけです。では、著者の言う50年ほど前の状況はどうだったか。がんは高齢者であればあるほど、なりやすい病気です。

例えば、昭和40年時の日本人の平均寿命は約70歳。現在のそれは優に80歳を超えています。著しい高齢化に伴いがん患者の数が50年前より増えているのは事実。が、その影響を省き年齢を揃えたがん死亡率を比較してみると、今よりも50年前の方が高くなっています。だから、「昔の日本食は良かった」は通用しないのです。著者はご自身のがんを「末期がん」と強調しますが、ステージ4だけでは末期とは言いません。同じように転移を抱えながらでも、10年以上元気にされている方は世にたくさんいらっしゃる。この本にある「死なない食事」パワーのみで長生きできたという文脈ではなく、自身のがんとゆっくり上手に共存できた前立腺がん患者が、たまたま自然派主義シェフであったと捉えた方がよいでしょう。

ゲルソン療法の怪

真偽が定かではない体験談を連ねるが、学術論文として証明する姿勢を一切見せない医師による書籍も少なくありません。

『ガンと闘う医師のゲルソン療法』(星野仁彦/マキノ出版)の著者は、後述する「ゲルソン食事療法」の普及に長年努めている精神科医。27年前にS状結腸がんを患って手術し、その後、肝臓に2カ所の転移(肝転移)を認めたといいます。本文では、その頃の5年生存率データは0%だったが自分には奇跡が起きたと強調する。しかしながら、ここで冷静に捉えないといけないのは著者が患ったのは「大腸がん」であること。

大腸がんの肝転移は、ステージ4であっても治癒する可能性が十分ある疾患です。記述をたどると、彼の肝転移は1センチ程度のものが2個。それらに対してエタノールを注入する局所治療を受けており、結果はうまくいき、腫瘍は2つとも壊死したとも書かれています。この時点で、星野氏のがんは治ってしまったのではと私なら考えるところです。

というのも局所治療がうまくいったということは、手術などと同じ効果があった可能性があるから。東大病院やがん研有明病院のデータを参照すると、星野氏と同様な2個の大腸がん肝転移の生存成績は、手術のみで5年生存率は約60%。決して0%などではありません。けれど、がんを克服できたのは、その後に行ったゲルソン療法の恩恵だと彼は主張するのです。

当の療法は「がんになるのはがん細胞が好む悪い食事を摂っているからだ」と1930年代にドイツ人・ゲルソン医師が提唱したもので、トンデモ療法に他なりません。

具体的には、天然の抗がん剤と称して1日に計2~3リットルもの大量の野菜ジュースを患者に飲ませ、厳格に塩分を禁じ、カリウムとビタミンB12、甲状腺ホルモン、膵酵素を補給させ、極めつきはコーヒー浣腸まで。肝臓のデトックス効果と代謝を刺激して自然免疫力をアップさせると言うのですが、なんのこっちゃ。

更に悪いことに、ゲルソン医師は信頼できる医学論文を一切書いていません。根拠を示す実験データも皆無で、いわば思いつき。成功例の報告も真偽が不明と無い無い尽くしで、これまでに多くの死亡例や重篤な副作用が報告され、欧米では代替療法としてこれに近づかないよう通告がある、危険なオカルト療法扱い。なのに星野氏は彼を天才と崇めるのです、こんな風に。

「ゲルソン療法は、数ある食事療法の中でも、効果は抜群です。私自身も、この療法を実践することによってガンの再々発から免れることができました。さらに、私はこれまで何十人もの患者さんたちを指導してきて、(略)ゲルソン療法の効果は横綱級だと確信しています」

星野氏自身、ゲルソン医師と同様、真偽も不明な体験談を連ねるのみで、まともな学術論文を書いていません。この療法を頼ってしまったために、何の効果もないどころか、下痢、衰弱、電解質異常、そして急速ながんの悪化など、大切なQOLを低下させられた患者さんを私は何人も知っています。みなゲルソン療法を選んだことを後悔しながら命を落としていきました。

病勢制御率のまやかし

『今あるガンが消えていく食事』シリーズ(済陽高穂(わたようたかほ)/マキノ出版)も、ゲルソン療法をアレンジして展開する方法を採っています。

両著書に共通するのは「言ったもの勝ち」。試験管の実験でも動物実験でも権威者の言説でも、都合が良ければ何でも取りこんでしまいます。一方、ヒトを対象にした信頼できるデータはほとんど登場なし。例えば、著者の「済陽式ゲルソン」では四足歩行動物(牛、豚、羊)の肉食を禁じています。理由は、ラットに動物性タンパクを過剰に投与すると肝臓に前がん病変リスクが高くなるという実験データがあるから、と。

確かに「がん予防」という観点では赤肉・加工肉(ハム・ソーセージ)の過剰摂取は、大腸がん罹患リスクとして確実視されています。とはいえ、これも程度問題。欧米諸国と比較して、日本は赤肉の平均摂取量が最も低い国のひとつですし、賢い読者であれば予防と治療とでは全く違う話だとおわかりのはずです。

著者のプロフィールを見ると、4000例の手術を手がけた外科医という背景があるので信頼も得られやすいのかもしれませんが、これまでまともな医学論文を書いた形跡がありません。

ところで、この本には済陽式療法の成績が示されています。対象はほとんどがステージ4の進行がんで420例のうち57例は完全治癒。全体の有効率は61・2%。胃がん56・6%、大腸がん66・4%、前立腺がんは76・3%、乳がんは67・9%、悪性リンパ腫は86・7%。ここでは割愛しますが、ドラマチックな体験談も数多く示されています。

これらがもし本当の話ならば、人類のがん克服に貢献するノーベル賞級の業績だと言えます。当然、学術論文として報告し、世界中の患者さんに届けようと努力をすべきなのに、そうしないのはなぜでしょうか。

済陽氏のクリニックに行かないと効果を発揮しないモノは医療ではなく、やはり「何かがおかしい」わけです。先の星野式も含め、ゲルソン療法中には様々なトラブルが発生します。がん患者さんに肉を禁じ、大量の野菜ジュースを毎日飲むことを強いるわけですからそれも当然。彼らの本の中に登場してくる体験談は、標準治療が著効した都合のよいケースであり、たまたまゲルソン療法中だっただけではないでしょうか。

最後に紹介する『ケトン食ががんを消す』(古川健司/光文社新書)の帯には「世界初の臨床研究で実証! 末期がん患者さんの病勢コントロール率83%」と書かれており、多くのメディアでも華々しく取り上げられました。しかし、この本に書かれているデータを見て、ケトン食のがん治療効果を実証できたと結論づけてしまうのはかなり問題です。

古川氏は2016年の日本病態栄養学会において、「ステージ4進行再発大腸癌、乳癌に対し蛋白質とEPAを強化した糖質制限食によるQOL改善に関する臨床研究」という題で発表したようです。しかし抄録を見ると、臨床研究と仰々しくは言っても、あくまでもQOLについて「自身の興味のあることを調べてみたら結果はこうだった、だからこういうことが示唆される」程度のもの。もともと抗がん剤がよく効く大腸がんと乳がん患者を都合よく選択して、標準治療とケトン食を併用した、わずか十数例ほどの体験談を綴っているだけです。世界初の実証というからには、先ずは英語で学術論文の形にして客観的に評価を仰がなくてはいけません。

最後に、インターネット上に横行する虚偽・誇大広告を禁ずる改正医療法が2017年6月の国会で成立しました。「免疫力でがんを治す」と謳う医療施設ホームページの大部分がこれに抵触することになります。ただ、そのような対処はあくまでも広告のあり方に対するもの。目下、日本では倫理やモラルの観点からエセ医学そのものを裁くような法的規制はなく、先進諸国の中で最もインチキに寛容な国であることに変りはないのです。

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大場大(おおば・まさる)
東京オンコロジークリニック代表。1972年、石川県生まれ。外科医、腫瘍内科医。医学博士。東大医学部附属病院肝胆膵外科助教を経て、2015年、がんのセカンド・オピニオン外来を主とした「東京オンコロジークリニック」を開設。著書に『がんとの賢い闘い方「近藤誠理論」徹底批判』(新潮新書)、『大場先生、がん治療の本当の話を教えてください』(扶桑社)などがある。

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