値が高いほうが長生き?“コレステロール論争”を医師が解説
先日本ブログで、ランセット誌の論文を「糖質制限ダイエット」の正当化にすり替えたひどい記事を紹介しました(本ブログ記事をみる)。このひどい記事を書いた同じ人が閉経後の女性のコレステロールについて、以下のように「解説」しているそうです。
糖質制限食の第一人者で高雄病院理事長の江部康二医師は、女性のコレステロール値について次のように話す。
「女性は、女性ホルモンの分泌が激減する閉経後にコレステロール値が上がります。女性ホルモンの材料としてコレステロールが使われなくなるので数値が上がるのです。閉経後の女性の場合、LDLコレステロールの値が、閉経前と比べて多少高くなっても問題ありません」(江部先生)
エストロゲンの加齢に伴う変化:更年期の基礎知識には以下のように書かれています。
エストロゲンは肝臓や脂肪組織や筋組織のLDL受容体を増加させるのでLDLコレステロール(LDL-C)が取り込まれ、その血清濃度は低下します。肝臓におけるHDLコレステロール(HDL-C)の合成を促進するので血清HDL-C値は上昇します。
その結果、総コレステロール値(TC)は低下するため女性の場合は男性と比べて動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)の罹患率がひくくなります。しかし、閉経後はエストロゲンの分泌が激減するため、総コレステロール値(TC)が上昇し、高脂血症や動脈硬化などの疾患の頻度が高くなります。
実際、エストロゲンを補充するホルモン補充療法を行うとLDLコレステロールは下がりますので、「閉経後にコレステロール値が上がります。女性ホルモンの材料としてコレステロールが使われなくなるので数値が上がるのです。」という江部氏の解説は真っ赤な嘘です。
「コレステロール値を下げすぎてはいけないのですか? コレステロールが高いほうが長生きだと聞きましたが本当でしょうか?」という質問に対しては、日本動脈硬化学会の以下の回答が妥当だと思います。
コレステロールが低いほうががんや脳卒中(特に脳出血)の死亡率が高いという結 果が、時々、ニュースなどで取り上げられることがあります。主な論調は、日本人で はコレステロールが低いほうが死亡率が高く、コレステロールが高いほうがむしろ長 生きだというものが多いようです。実は、外国の研究でもコレステロールが低いとい ろんな病気の死亡率が高く見えることが20年以上前から報告されていて、これは別 に日本人特有の現象ではありません。そしてその多くは追跡調査における「見かけ上 の関係」に過ぎないという結論になっています。
例えばがんと低コレステロールの関連については、採血した時に本人が気がつかな いうちにかかっているがんの影響で、コレステロールが低くなっている可能性が指摘 されています。つまり低コレステロール血症でがんになるのではなく、がんがあるか らコレステロールが下がっているわけです。また原発性肝臓がんの前病変として肝硬 変があることはよく知られていますが、肝硬変ではコレステロールの合成低下を伴う ため、あたかも低コレステロール血症が原因で肝臓がんになったように見えてしまい ます。さらに低コレステロールと肺がんの関連は喫煙者でのみで観察されることが多 く、これも喫煙に伴う慢性閉塞性肺疾患のためにコレステロールが低下していると考 えられています。
なお、スタチンなど薬剤を用いてコレステロールを下げた場合にがんが増えたとい う結果は報告されていません。しかしながら、投薬後、予想よりもコレステロール値 の低下が非常に大きい場合などは、がんなど消耗性疾患が隠れている可能性を考慮し て検査する必要があります。
また、脳出血と低コレステロール血症については、低栄養で血管が脆弱になってい ることが原因と考えられてきました。しかしながら高コレステロール血症の患者にお いて薬剤でコレステロール値を下げた場合に脳出血が増加するという明らかなエビデ ンスはなく、通常の治療の範囲内では心配しなくて良いと思われます。仮に低コレス テロール血症が脳出血の危険因子だとしても、正常血圧者の脳出血のリスクは非常に 小さいため、血圧管理をきちんと行えば特に心配はないと考えられます。
プライマリケアの現場では、コレステロールが低いことではなく、低くなっていく こと(これはがんなどコレステロールが低下していく病気の存在を疑わせる)に留意 する、そして血圧の管理をきちんと行うことが現実的な対処法です。
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