線虫によるカマキリの行動操作…おそらく大量の水平遺伝子移動による

カマキリを操るハリガネムシ、遺伝子に秘められた衝撃の事実が明らかに
以下は、記事の抜粋です。


三品達平さん(九州大学)と佐藤拓哉さん(京都大学)らの研究チームは、カマキリを操って水に飛び込ませる寄生生物ハリガネムシの遺伝子に隠された秘密の一端を解明し、論文を発表しました。ハリガネムシは、多細胞生物の間ではまれな「遺伝子水平伝播」によってカマキリから遺伝子を手に入れたと言います。

寄生生物は、今日地球上で知られている生物種のおよそ40%を占めており、自然界でもっとも成功する生き方を身に付けた生物ともいえる。それら寄生生物の中には、自らの利益になるように、寄生相手(宿主)の形や行動を変えてしまう種がたくさんいる。例えば、今回の主役のハリガネムシ。ハリガネムシは、ユスリカやカゲロウといった水生昆虫から、カマキリやコオロギなどの陸生昆虫へと宿主を乗り換えながら成長する。この複雑な生き方の最後のステップとして、ハリガネムシは、陸上でお世話になったカマキリやコオロギの行動を操作して、川や池に飛び込ませてしまうのだ(図1)。

カマキリやコオロギが水に飛び込むと、ハリガネムシはそれらのお尻からにゅるにゅると脱出し、水中で繁殖をして一生を終える。我々の最近の研究から、ハリガネムシがカマキリの体内で成熟すると、カマキリの活動が活発になって水辺に遭遇しやすくなり、さらに水辺からの反射光に多く含まれる水平偏光に引き寄せられることで水に飛び込むことが分かってきた。

しかし、そもそもハリガネムシはどうやってそんな芸当を身につけたのだろうか?考えられる方法は、ハリガネムシが自らのツール(遺伝子)を使って何らかの物質を作り出し、カマキリの行動に関係する神経系や視覚系に働きかけているというものだ。こうした仕組みを明らかにするためには、ハリガネムシが使っているだろう遺伝子を絞り込んでいく必要がある。

手に入れたカマキリとハリガネムシを用いて、我々は、生物がある時点で使っている遺伝子の種類と生産されたRNA量(発現量)を調べる手法を使って、「操作前」「操作中」「操作後」のハリガネムシの間で遺伝子の発現量を網羅的に比較した。また、比較のために、宿主のカマキリについても、「操作前」「操作中」「非感染」の間で遺伝子の発現量を調べた。

まず、成熟したハリガネムシが体内にいるカマキリのお尻を水につけると、濃茶色になったハリガネムシが速やかに脱出してくる。我々の行動実験から、この状態のハリガネムシが体内にいるカマキリは活動量が高まったり、水平偏光に引き寄せられたりすることが分かっていた。そこで、こうして得られたハリガネムシとカマキリを「操作中」とみなした。

一方、「操作前」とは、お尻を水につけてもハリガネムシが脱出せず、解剖すると真っ白な状態のハリガネムシが見つかる場合とした。この状態のハリガネムシは未成熟で、まだ水辺に帰る必要がないため、行動操作をしていない。

最後に、「操作後」のハリガネムシは、カマキリのお尻から自力で脱出して水中での自由生活が3日過ぎたものとした。

比較解析の結果、ハリガネムシでは、宿主操作中に発現する遺伝子の種類や量が、操作の前後と比べて大きく異なっていた(図2A)。対照的に、カマキリの脳内では、操作の前後や感染の有無による遺伝子発現の明瞭な変化がみられなかった(図2B)。


これらの結果から、我々は、ハリガネムシが自らの遺伝子を使って何らかの物質を作り出し、カマキリの行動を操作しているのだろうと考えた。

しかし、そもそもハリガネムシは、そんな遺伝子をどうやって手に入れたのだろう? ハリガネムシは、カマキリとは進化の歴史も生態もまったく異なる生き物である。この謎の裏には「遺伝子水平伝播」という生命現象が隠れているかもしれない。

通常、生物の遺伝情報は、親から子に伝えられ、これを「垂直伝播」と言う。 一方、全く異なる個体間で遺伝子が転移する現象が知られており、これは「水平伝播」と呼ばれる。

水平伝播は、細菌などでは一般的にみられる現象で、病原性の弱い種から強い種への進化や、抗生物質耐性の獲得に関わるといったように、生物が多様な能力を手に入れることのできる興味深い生命現象である。この水平伝播が生じれば、ハリガネムシは、宿主と類似する遺伝子を直接的に手に入れることができ、それによって宿主の行動操作に効く物質を作り出せるかもしれない。

そこで、ハリガネムシとカマキリとでDNA配列が類似し、かつカマキリの体内で機能しそうな遺伝子を網羅的に探ってみた。すると、驚愕の結果が得られた。ハリガネムシはなんと、カマキリに酷似するDNA塩基配列の遺伝子を大量にもっていたのだ(図3A)。


ハリガネムシのような多細胞生物間では、そもそも水平伝播の報告例自体が少ない。それにも関わらず、これほど大量の水平伝播候補の遺伝子が見つかることは極めて興味深い。しかし、過去の研究では、対象生物の分析時に他の生物の組織が混入したことで、「水平伝播」と見誤ってしまったケースがある。こうした研究事例を踏まえて、我々は慎重に解析を重ね、ハリガネムシ分析試料にカマキリ組織が混入した可能性を棄却した。

そうして最終的に、ハリガネムシは、遺伝子の「水平伝播」によって、カマキリと類似する遺伝子を大量に、直接的に、手に入れていると結論した。

では、水平伝播候補の遺伝子は、実際に行動操作に関わっているのだろうか? 興味深いことに、行動操作中に発現量が上昇したハリガネムシ遺伝子の中には、水平伝播候補の遺伝子が多く含まれており(図3B)、かつそれらの発現量は、他の遺伝子の発現量に比べて高くなっていた(図3C)。

さらに、水平伝播候補の遺伝子の中には、実際に、カマキリを水に飛び込ませるのに必要そうな遺伝子が複数含まれていた。例えば、カマキリの活動量を高めるのに必要そうなものとして、動物の行動活性に影響する「神経修飾物質(生体アミン)」に関係する遺伝子が見つかった。また、カマキリを水面からの反射光に引き寄せるのに必要そうなものとして、「光走性」に関係する遺伝子も見つかった。これらの結果から、ハリガネムシは、カマキリから水平伝播で獲得した遺伝子を使って、陸上昆虫に自ら水へ飛び込ませるという行動操作を成し遂げている可能性が明らかになったのである。


元論文のタイトルは、”Massive horizontal gene transfer and the evolution of nematomorph-driven behavioral manipulation of mantids(大量の水平遺伝子移動と線虫によるカマキリの行動操作の進化)”です(論文をみる)。

実際に遺伝子の「水平伝播」を証明することは不可能ですので、このような「非常に確からしい」状況証拠を並べて「水平伝播」だ強く示唆されるというしかないですが、とても興味深い研究だと思います。子供のころは、ハリガネムシのことをカマキリの内臓だと思っていました。

 

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