非科学をまん延させるな!ゾコーバを巡る2学会の提言の問題
「“塩野義製薬の飲み薬早期承認を” 日本感染症学会などが提言」に対して、非常にまともな意見が、山梨大学学長の島田眞路氏と同大医学部特任教授の荒神裕之氏の連名で出たのでそのまま紹介します。NHKや他のメディアもちゃんと報道して欲しいです。
なお、島田は、新型コロナウイルス感染症治療薬として発売されている医薬品の製薬企業について、新型コロナ治療薬関連では開示すべき利益相反はないが、MSD株式会社からの過去3年間において謝金受領があり、2021年1月8日開催第36回日本皮膚悪性腫瘍学会学術大会ランチョンセミナー3座長の謝礼として、11万3432円受け取っている。
主要評価項目について成功基準は満たせず
そもそもゾコーバ錠125mgは、2022年6月22日に開催された薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会において、第II相試験、特にIIb相パートにおいて、臨床的意義がある効果が示されなかったことが確認されており、次いで7月20日に開催された薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会(薬事分科会・医薬品第二部[合同開催])においても、緊急承認制度が適用される「有効性の推定」の条件を満たさないと判断されている。
これらの会議で明らかにされたゾコーバ錠125mgの有効性に関する独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の評価は、第IIb相パートにおいて事前に規定した本試験の有効性の主要評価項目について成功基準は満たされておらず、第IIa相パートおよび第IIb相パートにおいてDay4のウイルス力価のベースラインからの変化量の平均値が、プラセボ群と比較して本薬群において減少したと説明されている点についても、ウイルス力価の減少に伴う臨床的に意義のある臨床症状の変化は確認されていないことなどから、申請効能・効果に対する有効性が推定できるものとは判断できないという非常に明快なものである 2)。つまり端的に言えば、今回の第II相試験は失敗であり、6月22日の部会で私島田が述べた通り、これでも臨床的な有効性が推定されるから緊急承認するという意見は、暴論といっても過言ではない。
しかしながら、先の2学会の提言は、「新しい抗ウイルス薬の臨床試験において、抗ウイルス効果は主要評価項目の一つ」であるから、「新型コロナウイルスの変異株の出現に伴い、臨床所見が大きく変化している今、抗ウイルス効果を重視する必要」があるなどと滔々と述べ、「早期にウイルス量を低下させる抗ウイルス薬への緊急承認制度の適用(中略)を真剣に検討すべきであり、国の決断が求められます」などと科学的見解をないがしろにした結論ありきの提言を行っている。科学に立脚しない見解に国の決断を求めるなど、学術団体としての体を成していない。
特例承認の経口薬、いまだ処方数少なく
感染者数増加に多くの医療機関が翻弄される中、切り札として期待されるのが経口抗ウイルス薬であることに疑いはない。経口抗ウイルス薬としては、2021年12月24日に医薬品医療機器等法第14条の3に基づく特例承認された経口抗ウイルス薬「モルヌピラビル」(販売名:ラゲブリオ®カプセル200mg)と、2022年2月10日に同じく特例承認が行われた経口抗ウイルス薬「ニルマトレルビル/リトナビル」(販売名:パキロビッド®パック)が存在している。
中でもパキロビッドパックは、発症後3日以内に投与した場合、プラセボと比較して患者の入院または死亡を89%減少させたと報告されており 3)、高齢患者や高リスク患者の増加により医療ひっ迫にあえぐ医療機関にとって現状打開の一手となることが期待される。
こうした有効性の高い薬剤が特例承認されているにもかかわらず、その処方数は新規感染者数の増加に比して全くさえない。2022年8月15日付の厚生労働省発表の都道府県毎の使用状況によれば、投与実績が報告されている人数はわずかに3万人余にとどまり、多い日で1日25万人超となった新規感染者数からすれば、焼け石に水の寡少な処方数となっている。
国管理の流通が普及阻む原因に
有望な経口薬であるにもかかわらず十分に行き届かない原因は何か。その明白な理由の一つが、国が掌握し、極端な制限を課している流通にある。
パキロビッドパックは、2022年2月28日から全国の医療機関への配分を開始したものの、安定的な供給が難しいという理由により一般流通が行われず、「登録センター」への登録を求め、無償で譲渡される仕組みとなっている。
日本政府は、パキロビッドパックについても200万人分の供給を契約しているとされており、ファイザー株式会社の生産状況にも大きな遅れは報告されていないことから、世界最悪の新規感染者数となった今こそ、出し惜しみせずに、臨床現場が使いやすい一般流通を含めた積極的な供給を実現することが強く求められる。
パキロビッドパックは、広く使われている多くの薬剤との相互作用に留意が必要で、腎機能にも配慮が必要など、処方までに障壁があることも事実である。また、催奇形性の点も十分な留意が必要であり、これは、ゾコーバ、ラゲブリオでも同様である。しかしながら、これらの点は臨床現場の医師に委ねるべき事項であり、処方が望ましい患者があれば、遅滞なく処方できる供給を確保することこそが一丁目一番地である。
特例承認は、「国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある疾病のまん延(中略)の拡大を防止するため緊急に使用されることが必要な医薬品であり、かつ、当該医薬品の使用以外に適当な方法がない」場合に、外国での流通実績がある医薬品に限定して認める制度である。まさに現状そのものであり、かくも有望な経口薬を「安定的な供給」を盾に2月から漫然と極端な流通制限を加え続けていることは、法令の趣旨を損なうものに他ならない。
ラゲブリオについても見てみると、その有効性は、第III相試験において、29日目までの入院または死亡のリスクがプラセボ群の9.7%に対し、ラゲブリオ群では6.8%に低下し相対リスク減少率は30%とされる 4)。ただし、安定的な供給が難しいことを理由に一般流通は行われず、2022年8月10日の薬価収載を経てようやく一般流通の道が開かれたばかりであり遅きに失している。薬局に至っては、都道府県が指定し、経口薬「ラゲブリオ」の調剤実績までもが求められる制限が敷かれている。
報道によれば、ラゲブリオは3月末までで80万人分、6月中旬までに160万人分供給される見込みであったが(2022年4月21日付の日本経済新聞)、実際に使用されたのは、8月15日現在でも43万5000人にすぎず、100万人分以上が余っているのが現状である。この実態を見ても、極端な流通制限が、抗ウイルス薬の普及の妨げになっているのは明白であろう。
全国知事会は、8月23日に公表した「現下の爆発的感染拡大に対応するための緊急声明」の中で、「新型コロナウイルス感染症の治療薬(中略)は、政府として責任をもって確保・供給すること」を求めている。
先の2つの学会による提言の中にも、「承認済みの抗ウイルス薬の適応拡大を真剣に検討すべき」ことも述べられているが、非科学的な緊急承認の一押しで、こうした重要な点がかすんでしまっている。今、議論すべきは特例承認されている2つの抗ウイルス薬の円滑な流通であることに疑いはない。そして必要なのは、国の決断ではなく、科学に立脚した冷静な判断であり、学会こそがこの科学的な姿勢を支持する立場にある。
【参考文献】
1)日本感染症学会「新型コロナウイルス感染症における喫緊の課題と解決策に関する提言」
2)厚生労働省「2022年7月20日 薬事・食品衛生審議会 医薬品第二部会(薬事分科会・医薬品第二部会(合同開催)を含む) 議事録」
3)ファイザー社サイト(Pfizer’s Novel COVID-19 Oral Antiviral Treatment Candidate Reduced Risk of Hospitalization or Death by 89% in Interim Analysis of Phase 2/3 EPIC-HR Study)
4)A. Jayk Bernal et al. Molnupiravir for Oral Treatment of Covid-19 in Nonhospitalized Patients. N Engl J Med 2022; 386:509-520. DOI: 10.1056/NEJMoa2116044
【追記・変更】2022年9月5日に、利益相反の点を追記・変更しました。
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