急性冠症候群に対するトロンビンPAR-1受容体拮抗薬ボラパクサールの効果

Thrombin-Receptor Antagonist Vorapaxar in Acute Coronary Syndromes

以下は、論文要約の抜粋です。


背景:ボラパクサール(vorapaxar)は、トロンビンによる血小板活性化を阻害する新規の経口プロテアーゼ活性化受容体1(PAR-1)拮抗薬である。

方法:本多国二重盲検ランダム化試験において、ST上昇を伴わない急性冠症候群の患者12,944例を対象にボラパクサールとプラセボを比較した。主要エンドポイントは、心血管系を原因とする死亡・心筋梗塞・脳卒中・再入院を必要とする虚血の再発・緊急冠血行再建術の施行の合計とした。(患者の大半は、アスピリンand/orP2Y12受容体阻害薬を併用)

結果:臨床試験のフォローアップは安全性の審査後早期に中止された。中央値 502 日の時点で、主要エンドポイントはボラパクサール群6,473例中1,031例に発生したのに対し、プラセボ群では6,471例中1,102例だった。中等度・重度の出血の発生率は、ボラパクサール群7.2%、プラセボ群5.2%だった。頭蓋内出血の発生率は、それぞれ1.1%、0.2%であった。

結論:急性冠症候群患者において、標準治療にボラパクサールを追加しても主要複合エンドポイントの発生は有意には減少せず、頭蓋内出血を含む重大な出血のリスクが有意に上昇した。


トロンビンは、2つのprotease-activated receptor (PAR)、即ち、PAR-1受容体とPAR-4受容体を介して血小板を活性化します。さらに、PAR-1はPAR-4よりも低い濃度のトロンビンで活性化され、迅速な血小板活性化反応に関与すると考えられています。そのため、PAR-1を選択的に阻害すると、トロンビンによる血小板凝集を特異的かつ強力に抑制できる一方、止血機構全体への影響は少ないと考えられています。

ボラパクサール(vorapaxar、開発名SCH 530348) は、トロンビンによる血小板凝集を阻害する経口摂取可能な拮抗的PAR-1アンタゴニストです。第2相の臨床試験では、 出血リスクを増やさずに心筋梗塞の発生を抑制する傾向が認められたので、第3相の試験が行なわれたそうですが、上記のように期待はずれの結果に終わりました。少なくとも、アスピリンやADPのP2Y12受容体阻害薬(クロピドクレル(プラビックス®)、チカグレロル(ブリリンタ®)など)との併用では、重大な出血リスクの増大なしに急性冠症候群患者の心血管死を抑制することはなさそうです。

昨年日本でも承認されたダビガトラン(プラザキサ®)は、直接トロンビンと結合してトロンビンの働きを阻害します。その結果、PAR-1受容体を介する反応だけでなく、フィブリン形成や第Ⅴ、Ⅷ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ因子などの凝固因子にポジティブフィードバックも阻害し、止血反応を強く阻害します。

関連記事に書いたように、ダビガトランはその強い作用故の問題点が指摘されているので、ボラパクサールのように、トロンビンを介する作用の一部を阻害する薬物は魅力的だったわけです。今回の結果は残念ですが、これでボツになったわけではなく、P2Y12受容体阻害薬を用いず、アスピリンだけとの併用効果などはまだまだ期待できるかもしれません。抗Xa剤もまだ出てきそうで、抗凝固薬業界は超激戦です。

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