自己幹細胞を用いた心筋梗塞治療

以下は、記事の抜粋です。

重い心臓病患者の心臓から筋肉のもとになる幹細胞を取り出して大量に増やし、再び心臓に戻して機能を回復させる国内初の治療に、京都府立医科大学の松原弘明教授らのチームが成功した。

患者の心機能は日常生活に支障がない程度まで回復し、7月1日退院した。国内の重い心臓病患者は100万人以上とされ、松原教授は「心臓移植や人工心臓に代わる重症患者の治療として期待できる」と話している。

患者は、今年2月に急性心筋梗塞を起こした神戸市長田区の山口茂樹さん（60）。松原教授らのチームは4月、山口さんの脚の付け根から血管を通して心臓まで細い管を入れ、組織片約15ミリ・グラムを採取。その中に含まれる幹細胞を1か月余り培養して約4万倍に増殖させた。

6月1日、心臓の筋肉に血液を送る動脈の「バイパス手術」を行うと同時に、血流不足で壊死が進む左心室の壁に幹細胞を注射し、その上に心筋の成長や増殖を促すたんぱく質を塗った縦横5センチ・メートルのゼラチンシートを張りつけた。

山口さんは、通常のバイパス手術だけでは大きな改善が見込めないほど重症で、絶対安静に近い状態だった。手術の約2週間後には、十分に社会復帰できるレベルまで心臓のポンプ機能が回復。不整脈などの副作用も起きず、手術から1か月後のこの日退院した。幹細胞が心筋や血管に変化し、新たな心臓組織が再生したとみられる。

退院後の記者会見で山口さんは、「胸の痛みや動悸が改善した。廊下を歩けるし、自分でシャワーを浴びることもできるようになった」と笑顔を見せた。

チームは8月中に2例目の手術を実施。さらに国立循環器病研究センターと共同で4人治療を行う。こうして安全性を確かめたうえで2012年度以降には、東京大や九州大など4大学も加わり、患者40人を対象に有効性を確認する試験を行う計画だ。

この記事の元になった論文あるいは学会発表を探してみましたが、わかりませんでした。論文にはなっていないようです。

「国内初」と書いてあるように、自己幹細胞を用いた心筋梗塞治療治療は、この症例が最初ではありません。外国ではかなり以前から行われています。関連する論文を紹介しておきます。

Percutaneous intramyocardial stem cell injection in patients with acute myocardial infarction: first-in-man study

Autologous bone marrow stem cells to treat acute myocardial infarction: a systematic review

一般的には、骨髄由来の幹細胞を用いることが多いようですが、この症例では心筋由来のものを用いています。また、細胞増殖の促進には顆粒球コロニー刺激因子 (granulocyte colony-stimulating factor: G-CSF)が用いられるようです。この記事にある「心筋の成長や増殖を促すたんぱく質」は、おそらくG-CSFでしょう。

いずれにしても、本当に「再生医療」が有効かどうかは、バイパス手術単独と効果を比較したランダム化臨床試験があってはじめてわかります。上記の骨髄由来の幹細胞を用いた論文では、左室収縮終(末)期容積が「再生治療」群で有意に低下したと報告されています。

新聞記事の症例は、海外での先行症例の日本における追試、あるいは若干の改善法の紹介だと思われます。バイパス手術だけでは助からなかった患者が、再生治療を追加することで助ったようにもとれますが、上記論文の数値をみる限りでは、幹細胞の局所注入にそれほどの効果があるとは思えません。