先日、泌尿器科の医師の講演を聴く機会がありました。その中で一番印象に残ったのは、夜間頻尿の大きな原因の一つが「脳梗塞や心筋梗塞の予防のために寝る前に水を飲む」という都市伝説で、脱水でもない限り、水分の補給で「血液がサラサラ」になるはずはなく、摂った水分はほとんど尿になって、夜中に頻繁にトイレに行くことになる、という話でした。夜間頻尿は睡眠不足だけではなく、トイレに行く途中でふらついて転倒するなど、骨折の原因にもなります。以下は、この問題を論文を引用して詳しく書かれている医師のブログからの抜粋です。
「寝る前にコップ一杯の水を飲んで寝ます」とか「起きて排尿した後、必ず水を飲んでから寝るので何回もトイレにゆくのはしょうがないかな」という人もいて、「脳梗塞の予防にはそうしなさいとテレビでも言ってるから。」という人が殆どです。
水を200ml位飲んだからといって、普段自由に血管の内外で水分の移動が行われているのに、夜間に限って血管内の水分が血管外に移動することなく朝まで増えた状態が保たれて脳梗塞や心筋梗塞にならないよう血液の粘度が下る、などということはないと医学を知る人にとっては常識であると思うのですが、なかなかこの神話が無くなる事はありません。
「寝る前の飲水が梗塞の予防に有効」という話しを遡ると1991年の倉林氏らの「真夜中の一杯の水が脳梗塞を予防する」という論文や1987年に発表されたWood氏の「血液の濃さと粘度の日内変動が脳梗塞、心筋梗塞を引き起こす」という論文に行き着きます。「寝る前の飲水」という誰にでもできそうなアピールで「脳梗塞の予防に有効」となると「知って得する知識」としてマスメディアなどでは紹介しやすく、少なくとも本人に害にならないという責任発生性がないことから、ことさら「有益な話」として紹介されたのではないかと推察されます。
2010年のLeirsらの論文では、オランダにおける12万人に対する10年に及ぶ研究で飲水量によって虚血性心疾患や脳梗塞の発症には何ら差が見られなかった、と報告しています。2005年、岡村らは600以上の文献を調べた結果、飲水が脳梗塞の予防に役立つと言えそうではあるが、エビデンスとして直接証拠付けられるものは一つもなかったと結論付けています。
実際の所、こまめに水を飲んだりして健康に気遣う人は、薬もきちんと飲むし、食べ物にも気を使う、飲水をしない人は他のことにも無頓着ということもあり、飲水という因子だけで差をつけて、他の事は同じ条件で何年も群分けをして経過を追うということなどできないというのが一致した見解です。
ということで、「寝る前の飲水は脳梗塞の予防になるか」という問いの答えは「一回位トイレに起きることも止むなし、と思えるならば飲んでも良いのでは?」ということになります。
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