以下は、記事の抜粋です。
帝京大病院は9月3日、ほとんどの抗生物質が効かない多剤耐性菌アシネトバクター・バウマニに患者46人が院内感染し、27人が死亡したと発表した。うち9人は死亡と感染の因果関係が否定できないという。国内で同菌の大規模な院内感染が明らかになるのは、09年の福岡大病院に次いで2例目。
警視庁は業務上過失致死の疑いもあるとみて調べている。
アシネトバクター感染症については、ここをご覧ください。
この事件については、同僚の岩田健太郎さんの「None of your business」というブログ記事がおもしろいです。以下はその抜粋です。
厚労省に報告しなかったのはけしからん、というのは筋の通らない議論である。病院にアシネトバクター届け出の「義務」はない。H21年の通知で「お願い」されただけなのだ。
もし厚労省が本気でこの菌を問題にしていたのならば、感染症法改正をして届け出感染症にしておけばよかったのである。コリスチンを緊急承認して治療体制を整えればよかったのである。
もしカテーテル関連の血流感染をゼロにしたければ、ソリューションは一つである。ショックの患者に輸液をせず、栄養不良の患者に栄養を提供するのを拒み、見殺しにすればよいのである。
それができないから、感染症が起きるのだ。感染症は医療を行った上でどうしても生じるゼロにできないリスクなのである。ゼロにできないリスクをいかに最小限にとどめるかに我々は毎日心血を注いでいる。
したがって、院内感染の問題に警察が介入するなど、ありえないことなのである。
抜粋しすぎて誤解を生じる可能性がありますので、ぜひ元記事をお読みください。関連する新しいブログ記事、「オランダからの見解」と「ICTの知っておきたい多剤耐性アシネトバクター」も追加されています。
アシネトバクター・バウマニの多剤耐性のメカニズムについて、少し調べてみました。
耐性A.バウマニ菌(AYE)でみつかった86kbのAbaR1という領域(島)は、25種類の抗生物質、20の消毒薬そして重金属イオンに対する耐性を付与することが知られています。これまでみつかった多剤耐性菌の多くは、染色体部の特定部位に同様の「耐性島」を持っているそうです。これは、外から獲得したものだと思われます。
一方、内因性のものとしては、染色体上のβラクタマーゼやカルバペネム耐性遺伝子の過剰発現、DNA gyrase GyrAやトポイソメラーゼParCの変異、排出(efflux)系の過剰発現などがあります。このような過剰発現によって耐性を付与する内因性遺伝子が多いこともこの菌の特徴です。
排出系は、薬物を細胞の外へ排出するシステムで、AdeABC、AdeIJK、AdeFGHなどが知られており、これらはポンプのようにいろいろな薬物を細胞外へ排出することで多剤耐性を付与します。実際には、以上のメカニズムの組み合わせで多剤耐性が生じるようです(文献)。
コリスチン(colistin)が使えない日本ではカルバペネム耐性だけでも大問題なのですが、パリのセーヌ川からカルバペネム耐性A.バウマニ菌が単離されたという恐ろしい報告もあります(文献)。
関連記事
メディカル・ツーリズムで拡散する薬剤耐性遺伝子、NDM-1
耐性菌が生まれるのは病院の責任ではない。医療機関叩きを止めよ!
コメント