ガザやウクライナの裏で… エマニュエル・トッドが予言する「戦争の終焉」
エマニュエル・トッドは、1951年に生まれたフランスの歴史人口学者、家族人類学者です。1976年にソ連の将来的な崩壊(実際には1991年)を指摘したほか、アメリカの金融危機(リーマン・ショック)やイギリスのEU離脱、ドナルド・トランプの当選などを事前に見抜いたと評価されています。
以下は、「人間を争いというくびきから解き放つこと」はできるのでしょうか? というクーリエ・ジャポンの読者、エトワールさんの問」に対するエマニュエル・トッドの答えです。下線はブログ著者です。
「人類」と「戦争」という点について、私はこれまで充分に体系的な研究はしてきませんでした。今後の私の研究計画の一部となる予定ですが、実は人類が農業を発明した段階において、近東地域(アジアの最西部の地中海沿岸地方)では数千年にわたる平和な時代がありました。戦争が人類史のすべてというわけではないのです。
とはいえ、好戦的な民族が現れた瞬間から、相手を支配しようとするようになります。こうして戦争は人類の存続条件として定着していくのです。定義上、ある民族が戦争をせず、別の民族が戦争をした場合、勝つのは戦争を始めた側と決まっているからです。
これから私が申し上げることは、多くの人々の直感に反するものになります。
今日、誰もが戦争のことばかりを語り、実際にウクライナで戦争があり、イランでも戦争があります。しかし、現段階では、限定的で比較的制御された範囲での戦争に過ぎません。また、米国が常にその背後にいます。ですから私は、米国の力の崩壊こそが、世界の平和の時代を切り開くと考えているのです。
私たちは戦争の時代の終焉を目にしているのかもしれない
先ほど述べたように、人類史上、農業が発明された頃から長い期間において、平和は当然のことだったのです。そしていまの時代に関しても、見た目とは裏腹に、実は私たちの目の前には平和の時代が訪れようとしているのかもしれません。私は、人々の考えとは真逆のことを述べていると認識しています。
これはもはや予言を超えた、ある種の「メタ予言」のようなものかもしれません。しかし一つの現実として、プーチンはロシアを全面的に戦争に引きずり込むことはできませんし、米国もこれ以上、死者を増やすことに耐えられないのです。
今回の戦争での死者数は恐ろしいものです。特に凄惨な現場といえば、ガザでしょう。しかし、いまの世界は1914年の欧州のような状況にあるわけではありません。
あの時代は領土を拡大し、征服することを目指した狂乱的なナショナリズムの世界でした。いまはそうではありません。
ですから、「日本が軍国主義に傾倒している」というようなことを西洋人が語っているのを聞くと、笑いたくなってしまいます。私はそうではなく、いまの脅威というのは「衰退しつつある米国」、あるいは「存在意義を見失ったイスラエル」による核兵器の使用だと思っています。
また、現在、イランでの戦争を可能にしているのは、イランが核兵器を入手すると脅しているからではなく、イランには核兵器がなく、イスラエルにはあり、米国にもあるからなのです。しかし、こうした非対称的な状況下での核の暴走リスクを超えて、私たちがいま目の当たりにしているのは、もしかすると戦争の時代の終焉かもしれないということです。



コメント