以下は、記事の抜粋です。
米バイオ企業ジェロン社は10月11日、さまざまな組織に成長するES細胞を使った世界で初めての臨床試験を、脊髄損傷の患者に対して米国内で始めたと発表した。
ES細胞は再生医療への応用が期待され、山中伸弥京都大教授らが開発した人工多能性幹細胞(iPS細胞)とともに各国で研究が進められている。同社は、不妊治療で使われなかった受精卵から作ったES細胞を利用。FDAから臨床試験を承認されていた。
同社によると、試験の対象は脊髄を損傷してから14日以内の患者。ES細胞から分化させた、神経を保護する軸索という組織になる細胞を投与し、損傷した神経を保護して機能を回復させる。
今回は治療の安全性を確認する第一相試験で、アトランタの病院で実施。さらに、シカゴの別の病院でも患者の登録を受け付けている。全米で8~10人の患者が対象で、各患者で1年間、全体で2年間にわたって安全性を確認し、その後は治療の有効性を調べる次の段階に移る。
プレスリリースに書かれていたのですが、Geron社は、カリフォルニアのMenlo Parkという街にあります。以前近くに住んでいたので、なんとなく身近に感じます(プレスリリースをみる)。隣街の退役軍人病院の研究室に勤めていた時には、ベトナム戦争で負傷した多くの脊髄損傷の患者に会いました。
移植されるのは、oligodendrocyte progenitor cells(オリゴデンドロサイト前駆細胞)ですので、記事にある「神経を保護する軸索という組織になる細胞」という表現は誤りです。「神経を保護する組織になる細胞」あるいはより詳しく、「傷ついた軸索の髄鞘再形成を起こし、軸索の伸長を促進する細胞」という表現にすべきだと思います。読者の方からご指摘をいただいたので、訂正いたします。ご指摘ありがとうございました。
“oligodendrocyte progenitor cells”と”embryonic stem cell”というキーワードで探しましたが、内容の近いものは関連論文の2つだけしかみつかりませんでした。
Stem Cellsの論文では、ラットの脊髄を人為的に損傷させ、1週間後にヒトES細胞由来のoligodendrocyte progenitor cellsを障害部位に注入しました。免疫抑制薬のシクロスポリンAを細胞移植1日前から毎日投与しました。その結果、注入された細胞は、oligodendrocyteに分化し、前肢の運動も改善されたそうです。
プレスリリースにも、前臨床試験として同様の実験が紹介されています(前臨床試験をみる)。
実際の臨床試験についての情報はありませんが、ES細胞は他人の細胞ですので、拒絶反応を抑制するため、シクロスポリンAあるいはタクロリムスなどの免疫抑制薬を服用させた患者の障害部位にヒトES細胞由来のoligodendrocyte progenitor cellsを注入することになると思います。
簡単な原理ですが、導入する細胞の質、障害の大きさ、免疫反応などが重要だと思います。どの国で最初にやったかどうかにはこだわらず、成功を祈りたいと思います。
関連論文
Human Embryonic Stem Cell-Derived Oligodendrocyte Progenitor Cell Transplants Improve Recovery after Cervical Spinal Cord Injury
Efficient differentiation of human embryonic stem cells into oligodendrocyte progenitors for application in a rat contusion model of spinal cord injury
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