すい臓がんの遠隔転移は遺伝的進化の後におこる―原発がんと転移がんのゲノム比較

Distant metastasis occurs late during the genetic evolution of pancreatic cancer

以下は、論文要約の抜粋です。


がん患者の死因で最も多いのは、原発巣から他臓器への転移である。特にすい臓がんは、多くの患者が他臓器への転移で初めて診断され、ほとんどの場合、化学療法や放射線治療に反応しない。

すい臓がん患者の予後が不良の理由が、診断が遅すぎるためなのか、あるいは転移が速すぎるためなのかは不明であった。

本研究では、7例の転移性すい臓がん患者の原発がんと転移がんのゲノム配列を比較して、原発がんと転移がんのクローン関連性を調べた。その結果、遠隔転移したクローンは、原発がん由来であるが、原発がんから遺伝学的に進化し、あらたな変異をもつことがわかった。

これらの進化の時点を計算したところ、 最初の変異から非転移性原発すい臓がん細胞ができるまでに少なくとも10年、転移能を獲得するのに5年を要し、その約2年後に患者が死亡することがわかった。

これらの結果は、すい臓がんの進行についての新しい遺伝学的(ゲノム解析的)知見を提供し、この転移性疾患を早期発見できれば、患者の死亡を防ぐ時間的チャンスは十分にあることを示している。


この論文のポイントは2つあります。1つは、すい臓がんの進行は極めて遅く、最初の変異がおこってから原発巣のがんができるまで少なくとも10年、それから転移するまでに5年はかかるということです。

多くの患者にがんが発見されるのは転移した後で、それから平均約2年で患者が死亡するということですので、もう少し早く診断できれば、すい臓がんも治るかもしれないという話です。これは、すい臓がんは早期から高い転移能をもつという今までの考えとまったく違います。

もう1つは、原発がん細胞と転移がん細胞はゲノムが違うということです。肝臓へ転移したがんと肺に転移したがんのゲノムも違います。具体的には、原発がんに新たな変異がいくつか追加されてはじめて転移能を獲得するようです。これを遺伝的進化と呼んでいます。ただ、転移能の有無を決定するような変異は同定できていません。

私はこれまで、原発がんと転移がんとはほぼ同じがん細胞からできていると思っていましたが、少なくともすい臓がんではこの考えは誤りのようです。今後は、すい臓がん以外でも原発がんと転移がんのゲノム比較が行われると思います。本論文の結果から類推すると、胃がんや肺がんの原発がん細胞のゲノムとリンパ節転移したがん細胞のゲノムも異なることが予想されます。

すい臓がんは、診断から5年以内に患者の95%が死亡する恐ろしい病気です。この論文で書かれている数理モデルが正しければ、胃カメラのような早期発見ツールをすい臓がんに導入することで、すい臓がんにも「早期発見、早期治療」による良好な予後が期待できるかもしれません。

原発がんと転移がんのゲノムを比較するという単純な研究ですが、すい臓がん治療に希望を与え、原発がんと転移がんの違いを明らかにした画期的な論文だと思います。

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