エビデンスのない「認知症予防」を推進する政府

政府の認知症予防は危険だらけ むしろ認知症を進行させ、コミュニティを分断させる恐れも
以下は、相馬中央病院内科医の森田知宏氏の書かれた上の記事の抜粋です。認知症予防にはエビデンスがないこと、政府が認知症予防を後押しすることによってできる利権と競争の歪み、さらに予防を煽ることで生まれるコミュニティの断絶についてわかり易く書かれています。


6月18日、政府は認知症施策推進大綱を発表した。「予防」と「共生」を2本柱の目的として掲げ、高齢社会のなかで認知症になっても希望を持って日常生活を過ごせる社会を目指すことを目標としているものだ。

しかし、今回の大綱が本当に認知症患者の希望につながるかは疑問だ。そもそも認知症の予防方法が確立していない。WHOは、認知症のリスクを軽減するために生活習慣への介入を推奨している。しかし、どのような介入がよいかはエビデンスが確立していない。

この大綱でも、認知症の予防に関しては「運動不足の改善」「社会的孤立の解消」「生活習慣病」が挙げられているが、いずれもこの大綱がターゲットと定めている団塊の世代に対して介入することで認知症が予防できるかどうかはまだ結論が出ていない。例えば、運動不足の人に運動をさせることで認知症リスクが下がるかどうかは結論が出ていない。

また、高血圧、糖尿病などの生活習慣病は、長期間続くことで認知機能に影響を及ぼすと言われている。このため、これらの改善は中年期に行っておくことが認知症予防に効果的だ。一方で、高齢になってからの糖尿病が認知症に与える影響はそれより小さい。

今回発表された大綱は当初「認知症患者の6%の減少」と数値目標までついていた。しかし、上述のとおり認知症の予防方法が分かってもいない現在、認知症の発症年齢をどのように遅らせることができるのか不明だ。

また、様々なNPOや福祉事業者などが認知症予防を目的としたサービスを行っている。運動、認知機能トレーニング、食事、社会サービスなど、様々な側面からの介入があるが、現時点では認知症の予防効果がはっきりと証明されているものはない。

このように予防方法が確立していない中であえて認知症の予防を政府が掲げることで生まれる懸念が2つある。

1つ目は、政府の後押しによってできる利権と競争の歪みである。(これについては省略します。興味のある方は元記事をお読みください。)

2つ目は、予防を煽ることで生まれるコミュニティの断絶だ。

私の経験では、認知症予防に対して積極的なコミュニティほど、認知症のような症状が出てきた高齢者をコミュニティから排除する傾向がある。

政府によって予防を煽ることは、「健康でなければいけない」という思い込みを招く。認知症やその他の疾患で健康を損ねた状態になった人をみると、「そういえばあの人は運動してなかったね」「甘いものが好きだったから」と自分と違うところを見つけてコミュニティの外に追い出してしまいやすい。

今後、政府の取り組みにかかわらず、認知症の予防に取り組む高齢者は増える。そのとき、高齢者コミュニティ内で「健康な人」と「そうでない人」の間で断絶が起きることを私は恐れている。


中年期の糖尿病や高血圧などの生活習慣病が認知症のリスクは高めることは、かなり高いエビデンスがありますが、それ以外は上の記事に書かれているように、ほとんどエビデンスはありません。

このようなエビデンスの無い「認知症予防策」を推進することは、「認知症が気になるヒト」をターゲットにしたいかがわしいトクホやサービスを増やすことになるという指摘は正しいと思います。ただ、これについては占いやまじないと同レベルで、気休めになって害にならなければマア良いと思います。

これに対して、「認知症になったのは、そのヒトが予防努力を怠った」として認知症患者が差別されることは絶対に避けなければいけないと思います。下の図のように、85歳以上では5割以上、95歳以上では約8割のヒトが認知症になります。政府は、「認知症予防」などという耳障りの良いキャッチコピーを振りまくのではなく、寿命を延ばす努力が認知症を増やしている現状を直視して、国民が安心して認知症と死を迎えることができる政策を打ち出して欲しいと思います。

「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業)より

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