ドラマの死には取り入れにくい「緩和ケア」

白い巨塔、財前五郎の「これが死か」に抗議する
私はみていないのですが、新しいテレビドラマ「白い巨塔」では、主人公の財前五郎の死因が、原作の多発性骨髄腫からすい臓がんに変えられていたそうです。これは、多発性骨髄腫がもはや不治の病でなくなくなったためだと思われます。以下の記事は、このドラマでは「緩和ケア」が無視されているという抗議が書かれています。興味深いので、抜粋して紹介します。


岡田准一演ずる財前五郎の臨終の場面、私は緩和ケア医としてどうしても納得いかない部分がありました。

臨終の場面を、私が記憶している範囲で振り返ります。

(家族や多くの医師が見守る中、医学部長が訪室)
あっちへ行け…用はない
(医学部長ですよ、と声をかけられても)
用はない…あっちへ行け…用はない ううっ… 怖い…怖い…
苦しい… 苦しい… 息ができない… ああ…
疲れた… 疲れた…少し…少し休む…
(心電図モニターのアラーム音)
ああ…これが…死か…
(心電図モニターが心停止を示し、アラーム音が鳴り続ける)
午前3時39分 ご臨終です

財前五郎が最期「これが死か」と呟いて旅立つ。亡くなる間際に見られた混乱は、おそらく脳梗塞や終末期せん妄によるものと思われますが、最期に非常に苦しむ描写がされています。しかし、このような死に方が、現代における「これが死」といえるのでしょうか。

前作、唐沢寿明が演じた「白い巨塔」がつくられた2003年から16年。医療者が緩和ケアを学ぶ機会が増え、治療を担う病院に緩和ケアチームが整備されました。終末期の呼吸困難感やせん妄症状は、適切な緩和ケアの治療によって十分緩和することができる時代になりました。緩和ケアが以前よりは普及した我が国における死として、「これが死」とすることには強く抗議したいのです。少なくとも“現代版”とされた「白い巨塔」において、財前五郎が緩和ケアを受けていなかったことは間違いありません。

私が抗議する理由は、ドラマを見た一般の方が、癌は苦しんで死ぬものなのだと受け止めることを懸念するからです。ましてや、もし癌で、特に膵臓癌で闘病中の方からすれば、自分もこのような最期になるのかと恐ろしさを感じたに違いありません。

今でも、皆さんにとって癌の最期は苦しむものなのでしょうか。もしそうだとしたら、それは緩和ケアに携わる医療者として残念でなりません。次に白い巨塔がつくられることがあるならば、そのときの財前五郎が当然のように緩和ケアを受ける世の中であってほしいものです。


家族への負担、闘病期間の長さとその予測、麻薬性鎮痛薬による鎮痛、認知症になる可能性、、、などなどなどを考えると、私自身はがんで死ぬことはがん以外の病気で死ぬよりも望ましいと考えていますが、皆様はいかがでしょうか?

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