「神対応」こそ日本文化の闇

稲村亜美さん“襲撃事件”は女性への暴力が止まない日本社会の縮図
以下は、問題の動画と記事の抜粋です。


今回は先に結論から述べてしまいますが、この事件は女性への暴力が止まない日本の縮図だと思います。以下のように、中学生自身、大会運営側、芸能事務所、マスメディアのいずれの点においても、女性への暴力に抑止が働いていないわけです。

(1)男子への性教育が崩壊していて、女性への暴力を行うことに歯止めが効かなかった男子がたくさんいる。
(2)重大な事件が起こったにもかかわらず、運営側は大会続行の意思決定をする=女性への暴力の加害性を過小評価している。
(3)芸能事務所が所属する稲村さんの人権や尊厳を守るために毅然とした態度を取ったようには見えない。
(4)マスコミは稲村さんが不問にした対応を「神対応」と表現し、女性への暴力被害を告発しにくい社会を幇助している。


記事を書いた勝部元気氏が「マスコミの“神対応称賛”はセカンドレイプです」としていますが、その通りだと思います。以下は、氏の「神対応」に関する記事の抜粋です。


女性への暴力を自ら不問に付して告発しないことは神対応ではありません。大人の対応でもありません。プロでも何でもありません。ファンや顧客への「神対応」も問題だと思いますが、相手はもはや顧客ですらないただの加害者です。本来、稲村さんや所属事務所が取って称賛されるべき行動は毅然とした「法的対応」です。

もちろん告発しなかった稲村さんが悪いわけではありません。ですが、被害者が自分の人権や人としての尊厳を放棄することを第3者が「神対応」ともてはやすことは、「加害者にとって都合の良い告発しない女性」を賛美していることであり、人権や尊厳を守るためにしっかりと告発する人たちを「塩対応」と蔑んでいることの裏返しです。ですから、告発放棄の「もてはやし」は、ある種のセカンドレイプなのです。

このような各種報道を見て、改めて日本における女性への暴力被害がどれだけ黙らされているのだろうと想像することは難しくありません。

これは女性への暴力に限らず、日本の様々な問題に広く蔓延る文化的問題です。たとえば、仕事や自分の好きなことを放棄して子育てに自分の人生全てを捧げる母親が「(子への)神対応」になるのも、夜遅くまで残業することや急な転勤命令も厭わない労働者がブラック企業の上司や人事から「(企業への)神対応」だと評価されるのも根っこは一緒。

この国は21世紀になってもなお「切腹」のような自己犠牲賛美文化から抜け出せていないのは、さすがに異常ではないでしょうか?


「『神対応こそ日本文化の闇だと思う」という勝部氏の言葉にまったく同感です。

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コメント

  1. 「仕事や自分の好きなことを放棄して子育てに自分の人生全てを捧げる」と、
    それが父親であれ母親であれ、子どもの側から見て「教育的」ではないので、やめたほうが良いでしょう。

    そういうのを「神対応」と称賛する人がいるのでしたか、精神機能が障害していますね。

    仏教をアップデートすると豪語なさった心理職さえいるそうで…原発事故後の社会現象は本当に凄いものがあります。

    チェルノブイリ原発事故当時、私は大学院生でした。自殺者が出ても「岡田有希子の後追い自殺」などと言われていて、社会は狂っていると思っていました。でも、文系の奴らは今でも私の被害妄想にしたいようですね。

    処置なしです。

    どうも、お邪魔しました。