カンボジアが急速に独裁化しているらしい

カンボジアが急速に独裁化しつつあることをご存知ですか。それでも支援を続ける日本に悲鳴のような訴え
以下は、記事の抜粋です。


1970年代には、ポルポト派というグループが政権を取って、知識人を大量に虐殺し、国民に強制労働を強いる等の恐怖政治をひき、これに対する内戦が激しく繰り広げられた国でした。

日本では、国際協力といえばカンボジア、というくらい、カンボジアに支援に行くNGOや学生さんが多く、カンボジアに学校を建てる、という運動が有名です。政府も熱心にカンボジアを支援し、「1992年以降、日本はトップドナー(支援総額の16%)」だそうです。

しかし、そんなカンボジアが最近、急激に独裁化しているのです。

何が起きているか、といえば、カンボジア政府はこの一年間、政権に批判的な主要な政党、メディア、市民組織をほぼことごとく弾圧し、潰してしまったのです。それも最大野党の党首を逮捕し、最大野党を解党させる、長年続いてきた新聞、ラジオ局を閉鎖する、などです。

今年2018年7月には総選挙が予定されているのですが、与党の人気は芳しくなく、野党に人気が集まり、政権交代が近い、と予想されていました。ところが、最大野党であるカンボジア救国党(CNRP)の党首、サムランシー氏が2015年11月下旬に日本や韓国等を訪問している最中、彼に対する名誉棄損罪等の逮捕状が出され、氏はカンボジアに帰国できなくなりました。

2017年11月16日には、最大野党のカンボジア救国党(CNRP)は解党させられました。理由は、救国党が躍進した2017年の地方選挙後に政府の転覆を図ったからだと伝えられています。そして、党首のケム・ソカ氏は、9月3日に国家反逆罪で逮捕されました。国家反逆罪は懲役30年の罪にあたる重罪です。憲法で保障された議員の不逮捕特権が無視されたとされています。党幹部118人も5年間、政治活動が禁じられました。国会議員や地方議員ら多数の党関係者は、弾圧を逃れるため出国しました。

また、亡命中の元党首サム・ランシー氏は、首相に対する名誉棄損その他の罪により、2017年12月29日にカンボジアの裁判所に100万ドルの罰金の支払いを命じられました。救国党の元党員は、5年間の政治活動禁止処分が科される、汚職、反逆、暴行といった罪で訴追を受ける、などの嫌がらせを受けて、政治活動ができない状況にされています。

こうした政府の攻撃は、政府に批判的な市民グループやメディアにも及んでいます。2017年9月、新聞カンボジア・デイリー紙と、Radio Free Asiaを、税法違反などを理由に閉鎖しました。そして、政府は2017年末までに、ボイス・オブ・デモクラシー、ボイス・オブ・アメリカを含む少なくとも15のラジオ局を閉鎖しました。

NGOや選挙監視グループもどんどん潰されています。2015年に制定された「NGO法」の下で、草の根の団体も含めたNGOに登録義務を課し、登録していない団体の活動は一切禁止とされています。解散に追い込まれた団体には、「環境団体のマザー・ネイチャー」、「National Democratic Institute」、「土地の権利問題に取り組むNGOエクイタブル・カンボジア」などの団体が含まれています。

米国やEUは、救国党不在で実施される下院選は「正当とみなされない」として、同国選挙管理委員会への支援停止を発表した。 欧米や東南アジアなど23カ国の議員158人も、救国党の解党決定の破棄と党首の即時釈放を求める公開書簡をフン・セン首相に送付しました。


記事では、現在も「カンボジアの選挙を支援する姿勢の」日本政府を批判し、国際社会と一致して、カンボジアの独裁化に厳しい姿勢を取り、野党を迫害・解党させて実施する総選挙の正当性を認めない姿勢に立つことを求めています。

以前の記事にあるように、ちょうど私がプノンペンを訪れた5年前に独裁体制が始まりました。フン・セン氏が最初に首相になったのは1985年です。一時的な中断はありますが、30年以上も首相をやっていることになります。悲しい歴史が繰り返されないことを祈ります。

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