「第3の敗戦」という日本の現状

第3の敗戦、日本はなぜドイツに敗れたか?

「戦後72年、日本は『第3の敗戦』に直面している。第2次大戦の敗戦国として、ともに『奇跡の経済復興』を遂げ、経済大国になった日独だが、いま日本はドイツに経済、外交、そして国際的な存在感で大きな差をつけられている。冷戦終結後の『第2の敗戦』に続く敗戦といえる。なぜこうも大差が生じたか。円安依存症から抜け切れず、財政規律を失い、成長戦略を編み出せなかったことが大きい。それ以上に、独仏和解を土台に欧州連合(EU)のリーダーとしての座を確かにするドイツに対して、日本はいまだに中韓と融和できず、アジアでの経済、外交の基盤を固められないでいるからだろう。」のイントロで始まる本記事は、世界レベルでの政治や経済における戦いで連戦連敗の日本の現状をよく書いていると思います。以下は、記事の抜粋です。


「世界のリーダー」との落差

世界で最も信頼されているリーダーをあげるとすれば、それはメルケル首相だろう。トランプが世界を混乱させ、習近平、プーチンら強権政治家が目立つなかで、メルケル首相は自由社会のリーダーとして存在感を一層高めている。

一方、日本の安倍晋三首相は政治リスクにさらされている。北朝鮮危機のなかで、防衛相が辞任に追い込まれるなど失態は目にあまる。国家戦略特区での獣医学部選定には、不透明感がぬぐえない。だいいち特区が成長戦略の切り札になるとすれば、まるで中央集権の社会主義国家並みである。特区などに頼らず、全国幅広く規制緩和を断行すべきだ。

財政優等生と財政劣等生

ドイツを「財政優等生」とするなら、日本は残念ながら「財政劣等生」である。ドイツは財政収支の黒字化をとっくに達成している。ユーロ圏の主要国はドイツにならって財政均衡をめざしている。

これに対して、日本は基礎的財政収支の黒字化目標をいつまでたっても達成できない。2020年度の黒字化目標は早くも実現不可能だといわれている。ユーロ危機の震源地であるギリシャでさえ、黒字化を実現しているのである。

ところが、日本では「財政ポピュリズム」がはびこっている。ただでさえ国際基準から遠い財政目標をさらに緩めようとしている。教育無償化など歳出拡大要求は収まらず、消費税率引き上げをまた先送りしようとしている。大量に発行される国債を日銀が市場経由で購入する事実上の「財政ファイナンス」が定着している。少子高齢社会のもとでの財政ポピュリズムは、日本の将来を危うくする。財政劣等生であるにもかかわらず、政治家にも官僚にも危機感が欠ける。そこにこそ危機の本質がある。

第4次産業革命でも出遅れ

先端的な製造業と情報技術(IT)を組み合わせる第4次産業革命は、21世紀の産業の帰すうを決める。この新たな産業革命を先導したのは、ドイツだった。この産業革命の新潮流に日本は大きく出遅れている。ものづくりそのものの競争力に安住し、産業の新たな融合に可能性を見出そうとしなかったのは政策の大きな失敗だった。

途中省略

明暗分けた近隣諸国との連携

日本とドイツで明暗を分けたのは、近隣諸国と融和・連携ができたかどうかである。独仏の歴史的和解を土台にして、EUは進展した。ユーロ危機や難民問題など課題を抱えながらも、EUが「大欧州」の道を歩んでいるのは、そこに和解の精神があるからだ。

これに対して、日本は戦後72年たっても、中国、韓国との和解を完全には実現していない。独仏和解のような平和への土台が東アジアにはない。たしかに、中国の海洋進出や韓国の慰安婦問題など中韓側に問題があるのは事実だが、偏狭なナショナリズムをあおるのではなく、融和の精神こそ発揮すべきである。

ドイツに再び学ぶこと

戦後復興の過程では、互いにライバル視してきた日独だが、経済、外交で大差をつけられたいま、再びドイツに学び直すしかない。第一に、財政規律を取り戻すことである。成長頼みではなく、歳出削減、増税で財政目標を達成するしかない。第2に、通貨安に依存しないことだ。円高のメリットを生かす強靭な経済構造こそめざす必要がある。第3に、近隣諸国との緊張を避けるため防衛予算は抑え、GDP比1%の原則を守ることだ。ドイツの信認は、北大西洋条約機構(NATO)内で応分の負担には応じるものの、軍事には慎重で大国フランスの前には決して出ないことによって、得られた。

日本が磨きをかけるべきは、ソフトパワーである。唯一の被爆国、環境先進国としての発信力を高めることで、国際社会のリーダーであるドイツに一歩近づくことができるはずである。


第2次大戦の終盤、実際は連戦連敗の状況だったにもかかわらず「大本営発表」による情報操作で、大半の日本国民は「神国日本」の勝利を最後まで信じていました。今も、シャープが倒れ、インドネシアでの新幹線の売り込みに失敗しても、東芝が瀕死の状態でも、自動車産業が非ガソリン化の波に乗り遅れても、「ものづくり大国日本」あるいは「経済大国日本」の神話が行き続けています。やはり、メディアは操作されているのでしょう。負けているのはドイツにだけではありません、若者のエリート教育などでは東南アジアの国々にも負けています。そういう意味でも、「第3次世界大戦」での敗戦国になりつつある、あるいは既になっているというのが現状です。

「第3の敗戦」の現実を知るために、是非元記事をお読みください。できればこの著者に、このまま日本が「財政ポピュリズム」と「偏狭なナショナリズム」で突き進んだ場合の将来の状況とその国民としての対策を書いてもらいたいと思います。

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コメント

  1. あ* より:

    「このまま日本が『財政ポピュリズム』と『偏狭なナショナリズム』で突き進まないようにするには、国際情勢をよく観察し、
    薬学も、教育・福祉も含めて、医療に関係を持ち得る「専門家」が全員、
    「患者のことさえ考えておればよい時代」
    http://www.aoki-hospital.jp/about.html
    を迎えられるようにせねばならないと思います。
     今は、「患者のことさえ考えておればよい時代」ではないどころか、そういう時代を人生経験で持てる人がどんどん減っています。何が足りないのか?…というと、
    (1)人格の尊重
    (2)西洋帝国主義戦争とセットでしかない脳病院の解体
    (3)大学を人民制圧のツールに悪用しないで、人類の福祉のためにのみ学問を進めるという決意
    この3つでしょう。そうして、(3)の決意が弱いハコモノ大学に『戦争とプロパガンダ』のプロパガンダ frame
    http://bit.ly/2wNAMK4
    を定着させるため、
    晋精会が公認する公認心理師法が機能するわけです(←社会現象)。

    したがって、公認心理師法の廃棄は、日本人庶民の 「生きづらさ」( http://www.aoki-hospital.jp/about.html )を緩和するためには不可欠です。

    「がん緩和ケア」というのも、上述(1)〜(3)を欠いているからこそ、「モルヒネなどで疼痛管理をすればいい」という方向に矮小化されつつありますし、がんPTSDの存在が否認されて「コントロールできるうちに尊厳死=自殺幇助ビジネス、コントロールが効かなくなったら安楽死=屠殺ビジネス」をやることにして、平穏死の追求をやめ、ヒポクラテスの誓いなんか、そっちのけ…になりました。
     私事でアレですが、父がもう死を待つばかりのときに、選択肢としてホスピスを考えて、兄の当時の配偶者が全くの「善意」から助言してくださいましたが、父は、ホスピスには行きませんでした。当人のそれまでの人生=日常生活から切り離してホスピス商売の餌食にするのは、
    「患者のことさえ考えておればよい時代」
    ではないことを明示していますから、ニコニコしながら「善意です」と言われても、誠にグロテスクなものと言わざるを得ません(悪いから言わなかったけど)。そういう「専門家」や「大学人」は、ニコニコくそジジイさんたちと同じメンタリティですね。お見かけしたら全力で逃げねばなりません。

  2. 補足です。
    西洋学問史を批判したシモンドン
    http://bit.ly/kmomoji1010Simondon
    は、分野によらず我々人類の「バカの壁」(©養老孟司)=認知の歪みを認識し、
    ブレークスルーを可能にするために、極めて有効です。