乳がんは1つの病気ではなく、原因や予後がまったく異なる多くの種類の病気から成り立つ症候群です

小林麻央さんがステージⅣの乳がんであることを公表してから、世間の乳がんに対する関心は高まったように思いますが、理解はあまり深まっているとは思えません。

以前の記事でも紹介したように、現在我々が「乳がん」とよんでいるものは、たまたま同じ乳房というところに発生したまったく異なる多くの種類の病気から成り立っています(記事をみる)。例えば、一昔前に乳房切除で話題になったアンジェリーナ・ジョリーさんの乳がんは、BRCA1というがん抑制遺伝子の変異によるもので日本人では非常に珍しい(1%以下)病気です。ということで、「乳がんは遺伝する」というのは誤りで、「遺伝する珍しい乳がんもある」が正しいです。

他にも、エストロゲン受容体を持ちタモキシフェンなどのホルモン治療によく反応するもの、あるいはハーセプチンで治療できるHer2受容体をもったものなどが区別されています。将来は、遺伝子型に基づいて乳がんを正確に分類し、それぞれに適した薬物治療(「テイラーメイド治療」)ができるようになることが期待されています。

他組織のがんについても、乳がんと同様の遺伝子およびその発現異常に基づく再分類と治療のテーラーメード化が進むことになると思います。

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コメント

  1. 仰るとおりで、そもそも
    「がん」という表現は、ある意味「文学的」なものです。
    腫瘍のうち取り除きが困難なものを「悪性腫瘍」と呼び、
    「悪性腫瘍」の総称が「がん」なのですから。
     そこに「初め身体のどの場所から発生したか」に依存して、
    おっぱいだったら「乳がん」と呼ぶことにしただけです。
    とりあえず名称をつけないと会話が成立しませんので。
     したがって、元々、系統を考慮に入れた分類項目ではないのは自明のことです。

    平塚市民病院で、初期の「乳がん」である可能性がある腫瘍が見つかって(乳房の切除ではなく)腫瘍だけ切除した話を伺い、侵襲性が大きくない外科手術として注目に価すると思ったことがあります。別の部位でも「がん」である可能性がある腫瘍を小さいうちに切除してしまい、切除してしまってから組織検査をして初めて系統がわかるわけですね。
     ホットパーティクルを吸い込んで、その周りから「肺がん」が始まった場合も、原理的には、微量の蛍光X線が測定できれば、ピンポイントで、その部分と「がん細胞」だけ取り除く外科手術が可能な筈であり、そういう方向の技術開発は、世界のどこかで既になされているであろうと推察します。

    話は戻って、平塚市民病院で…という話は既に可能な施術なので、
    アンジェリーナ・ジョリーさんは、遺伝性の「乳がん」が発症する前に乳房切除というのは、
    「病気にならないように、あらかじめ死んでおく」みたいな話で、PTSD解離行為と言えるのではないでしょうか。それで、人々がびっくりしてしまい、大騒ぎになってしまいました。

    医療や福祉の従事者は、
    「まだ起きていない不幸は防ぐことができる」と考え、予防医学を進めるとともに、
    PTSD予防と、既に傷んでしまった歴史的身体(←病い)に対処せねばならない場合はPTSD克服の道を行けるように来談者を支えるのがレーゾンデートルです。
     「まだ起きていない不幸は防ぐことができる」という歴史的身体に対する倫理的な「構え」(© 奥田太郎)を身につけるのがPTSD予防学習です。「状況が芳しくない時に、それをどう凌ぐのか」(© 木下黄太)この「凌ぐ作法」が「PTSD予防学習」と言い換えることもできます。この「学習」は座学だけしましょうという意味ではなく当人がニッチのなかで現実に「生きる」なかで必要に応じて書籍や講義にもアクセスしつつ、断食、瞑想、自己暗示による身体操法なども合わせて進めていく主体性のある(=自分の歴史的身体を考慮に入れた)「学習」です。関連したことは拙ブログ記事
    http://ameblo.jp/aya-quae/entry-12249061047.html
    に書きました。

    なお、PTSDを発症してしまった場合は、
    「イザナギの『呪的逃走』としての精神科医のPTSD患者への向精神薬処方」(© http://bit.ly/Ssensei )によって、PTSD患者を操作して「うつ病」から「認知症」にしてしまうケースは「医原病」と言っても良いでしょう。それを晩発性PTSDとして治癒した症例が
    http://bit.ly/PTSDinLaterLife
    です。佐々木信幸(著)『自殺という病』(2007年、秀和システム)をお書きの樺沢紫苑さんは、奴隷労働状態にあえぐ若い人や就職氷河期で仕事あぶれの人、定年退職後に再就職が必要なのにできない人、再就職は不要でも毎日、家で「濡れ落ち葉」扱いされてしまう人…をネット商売などで社会参加に導いて自殺を防ごうとなさったようです。今は、ご本名で検索すると、同姓同名の別人と区別するためには「札幌医科大学」とAND検索にすると良いでしょう。
    「自殺という病」=PTSD解離自殺
    でした。

    話は戻って、「乳がん」になる遺伝子を持っていても、いきなり乳房切除へ行ってしまうのは、PTSD解離行為なので、PTSD予防ができなかった医療従事者の責任があると言えます。

    「がん緩和ケア」を進めるには、精神科医が「『薬』という『壁』」を作ってしまうと、患者さんは「頭お留守」状態が悪化してしまい、自分の(歴史的身体の)状態に鑑みて自分の人生を組み立てることができなくなります。私の父は「がん死」ですが、もう助からないと確定した状況では、痛みに耐えかねて一時期、モルヒネを使いました。しかし、こんなことをしていると、どんどんバカになってしまう…と言って自ら止めました。医学博士は元々バカなので、これ以上、バカになってはかなわないということです。そういう私も理学博士になってしまったので、これ以上、バカにならないように気をつけたいと思います。

    医学としては
    「他組織のがんについても、乳がんと同様の遺伝子およびその発現異常に基づく再分類と治療のテーラーメード化が進むことになる」
    と予想されますが、医学的に具体的にどのようなアプローチを取るにせよ、
    「まだ起きていない不幸は防ぐことができる」ように常にPTSDへの対処が必要であり、PTSDに対処してこそ、来談者たる患者さんも自分の歴史的身体の状態に合った療養の進め方を専門家と相談しながら選ぶことができるでしょう。