2つの「スマラン事件」…(その2)スマラン慰安所事件

今日はもう1つの「スマラン事件」について書きます。日本軍占領中のインドネシアで日本軍人によりオランダ人女性に対して行われた拉致監禁・強姦事件のことです。
wikiでは、先日の「スマラン事件」と区別するために「スマラン慰安所事件」とよんで以下のように説明しています(wikiをみる)。


スマラン慰安所事件とは、日本軍占領中のインドネシアで日本軍の軍令を無視した一部の日本軍人がオランダ人女性を監禁・強姦した事件のこと。別名、スマラン事件。オヘルネ事件とも。

1944年2月、南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊が、オランダ人女性35人を民間人抑留所からスマランにあった慰安所に強制連行し強制売春させ強姦した容疑で、戦後、国際軍事裁判において(将官や兵站責任者の佐官などの高級将校を含む)当該軍人・軍属(請負業者)たちに有罪が宣告されている。


この「スマラン事件」については、ことが慰安婦に関係するため、冤罪であるとか、自由意思による売春であったとかいう記述もあります。以下は、アジア女性基金の「慰安婦にされた女性たち-オランダ」という記事からの抜粋です。


旧オランダ領東インドは今日のインドネシアです。日本軍はこの地を1942年に占領し、オランダ人を抑留・捕虜にしました。民間人9万人、軍人4万人が収容所にいれられたのです。

一部の日本軍関係者は、収容所に抑留されたオランダ人女性と混血女性を慰安所に強制的に連行して、そこで日本の将兵に対する性的奉仕を強いました。その代表的な事例がスマラン慰安婦事件です。1944年初頭中部ジャワのアンバラワとスマランにあったアンバラワ第4または第6収容所、アンバラワ第9収容所、ハルマヘラ収容所、ゲンダンガン収容所からオランダ人と混血女性約35人が連行され慰安婦にされました。これを推進したのは南方軍幹部候補生隊の将校たちでした。


スマラン事件で強制的に「慰安婦」とされたオランダ人女性の証言を紹介しているインドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号(1992年7月25日)に掲載された「スマランからの証言(Pengakuan dari Semarang)」の翻訳もみることができます(記事をみる)。
私は、スマランに行くことになるまで、「スマラン事件」はおろか、スマランという都市についてもまったく知りませんでした。

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