双極性障害に対する安全なリチウム模倣薬

A safe lithium mimetic for bipolar disorder
以下は、論文要約の抜粋です。


リチウムは、双極性障害(bipolar disorder)に対する最も効果的な気分安定剤であるが、多くの有害な副作用を持ち、治療量のわずか2倍量でも毒性を発揮する。

分子標的薬を開発する手法を用いれば、リチウムと同等の臨床効果を持ちながら毒性のない薬物を見つけることができるかもしれないが、リチウムの分子標的は未だはっきりしていない。イノシトール一リン酸分解酵素(inositol monophosphatase、IMPase)はリチウムの分子標的である可能性がある分子だが、生体に投与可能な阻害薬は未だ得られていない。

本研究で我々は、抗酸化物質のエブセレン(ebselen)がIMPaseを阻害することおよび、マウスの行動に対してリチウムに似た作用を示すこと、さらにこの作用はイノシトールの投与によって拮抗されることを示した。これらの結果は、エブセレンがイノシトール代謝回転の阻害によって作用するという仮説を支持している。

エブセレンは臨床的には安全だが効能が示されていない薬物として、”National Institutes of Health Clinical Collection”という化学ライブラリーにリストされている。これらの結果から、エブセレンが双極性障害のためのリチウム模倣的なIMPase阻害薬として有効であり、実際の治療にも使える可能性が示唆された。


私が精神科を始めた頃は、ちょうど日本で炭酸リチウムが双極性障害に用いられ始めた頃でした。アルバイト先の精神病院ではまだリチウムを使っておらず、躁転しやすい双極性障害の患者さんのケアは大変困難な状況でした。リチウムのおかげでかなり多くの患者さんが安定した状態になり、「名医」と勘違いされて恥ずかしい思いをしたのを今でもよく覚えています。

そんなこともあって、私にはリチウムに対する強い思いがあり、分裂酵母をやり始めた時もリチウムの標的分子を決めようと考え、リチウムに対して超感受性を示す変異体を単離・解析しました。その結果、分裂酵母でのリチウムの分子標的は 3′(2′),5′-bisphosphate nucleotidase活性とinositol polyphosphate 1-phosphatase活性を併せ持つTol1(target of lithiumと名付けました)という分子でした(論文をみる)。

紹介した論文は、リチウムの臨床効果の分子標的がIMPaseであることを強く示唆しています。ヒトでも分裂酵母でもリチウムの分子標的は低分子リン酸化合物の脱リン酸化酵素ということかもしれません。

いずれにしてもリチウムには、体重増加、口喝、振戦、腎障害などの副作用があり死亡リスクもあるため、投与時には血中濃度をモニターすること(TDM)が必要とされています。エブセレンそのものではないにしても、副作用の少ない低分子化合物が双極性障害に有効であれば、人口100人あたり1~3例といわれる本疾患の患者にとって大きな朗報だと思います。今後の研究成果に期待しています。

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