横澤オジン彪様―「ひょうきん族」をありがとう

元プロデューサー横沢彪さん死去 「オレたちひょうきん族」制作

以下は、記事の抜粋です。


「オレたちひょうきん族」「笑っていいとも!」などの人気お笑い番組を手掛けたフジテレビの元プロデューサーで、吉本興業東京本社代表なども務めた横沢彪さんが8日、肺炎のため死去した。73歳。前橋市出身。

東大文学部卒。1962年フジテレビに入社、事業局などを経て、80年「THE MANZAI」をヒットさせて漫才ブームの火付け役に。その後、「オレたちひょうきん族」「笑っていいとも!」などのお笑い番組を手掛け、同局のバラエティー路線を確立した。「オレたち―」ではアドリブを生かした新しい笑いで人気を集め、自身も番組に出演。ビートたけしさん、タモリさん、明石家さんまさんらを人気タレントに押し上げた。


別のニュースによると、横澤さんは2006年に悪性リンパ腫を患って以降、自ら遺影の写真を選び、その都度差し替えていき、葬式本番の遺影は、本人が選んだ豪快に笑う写真だったそうです。

「オレたちひょうきん族」は1981年5月16日から1989年10月14日までフジテレビ系で土曜日20:00―20:54に放送されていた番組です。私は、留学中を除いてほぼ毎週欠かさずに観ていました。

横澤彪さんは、プロデューサーとしてだけではなく、「ひょうきん族」の人気コーナー「ひょうきん懺悔室」に神父役として登場していました(下の動画にあります)。当時は、プロデューサーの存在などまったく意識していませんでしたが、良くみると最後のテロップに「プロデューサー 横澤オジン彪」と書かれています。以下に、数多くアップされている「ひょうきん族」の動画の中から「ひょうきんベストテン」と「ひょうきん懺悔室」を1つずつ選びました。


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする