フィンゴリモド (FTY720):多発性硬化症に対する臨床試験、メカニズム、冬虫夏草との関係

Multiple sclerosis: Closing in on an oral treatment (多発性硬化症: 経口治療に一歩近づく)

以下は、記事の抜粋です。


多発性硬化症(multiple sclerosis、MS)は、欧米の白人に多く、北欧では人口10万人に50人から100人位の患者がいる。わが国では比較的まれな疾患で、10万人あたり1~5人程度とされている。若年成人に発病することが最も多く、平均発病年齢は30歳前後。男女比は1:2~3位。

MSは、脳や脊髄に自己のリンパ球などが浸潤する自己免疫疾患で、神経組織の炎症と神経細胞の軸索を絶縁している髄鞘の脱髄がおこる。

再発・寛解をくり返す(relapsing-remitting)RR-MSに対しては、interferon-βとglatiramer acetateが用いられる(これは欧米の話、glatiramer acetateは日本では未承認)。しかし、効果は限定的で、副作用もある。

重症の患者には、T細胞の脳組織への浸潤を防ぎ、中枢神経系での炎症を効果的に抑制する抗α4インテグリン単クローン抗体であるnatalizumabが用いられる(日本未承認)。natalizumabは、interferon-βやglatiramer acetateよりも有効だが、進行性多病巣性白質脳症という重大な副作用をおこすことがある。

もう一つの薬物mitoxantrone(日本未承認)は、心毒性などの副作用があり、使用は強く制限されている。また、以上の薬物はすべて、注射あるいは点滴での投与しかできないので、経口薬の出現が強く望まれている。

最近、フィンゴリモド(fingolimod, FTY720)という経口薬が、プラセボやinterferon-βよりも有効であるという臨床試験結果が報告された(関連論文参照)。

FTY720は、natalizumabと同様にT細胞の遊走を抑制するが、メカニズムはまったく異なる。myriocinという抗生物質の化学合成誘導体であるFTY720は、生理活性物質スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)アナログとして働く。S1PはT細胞などの遊走を促進させる働きがある。

FTY720は、スフィンゴシンキナーゼ2によってリン酸化され、FTY720-Pになる。FTY720-Pは、S1P1受容体に結合し、受容体と共に細胞内へ数日間取り込まれる。これにより、S1Pが結合できるS1P1受容体数が減少し、T細胞はS1Pに反応しにくくなる。

その結果、T細胞の遊走能は減弱し、神経組織に浸潤するリンパ球が減少し、炎症も抑制される。また、FTY720-Pは、抗体を産生するB細胞の働きも抑制する。
フィンゴリモド(FTY720)は、治療薬としてだけではなく、免疫機構の解明にも期待できる薬物である。


myriocinは、ツクツクボウシ(蝉)の幼虫に寄生する冬虫夏草の一種であるIsaria sinclairii菌の培養液から単離された免疫抑制作用を有する化合物です。1994年、京都大の藤多哲郎教授らによって発見されました。私は、藤多先生にお願いして、当時ISP-1とよばれたmyriocinを実験に用いたことがあります。超感受性変異体や耐性変異体を単離しました。

FTY720も使ってみたのですが、myriocinのもつserine-palmytoyl transferase阻害作用を失っていたので、分裂酵母にはまったく作用がありませんでした。

いずれにしても、これらの薬物は藤多先生、台糖株式会社、吉富製薬(現田辺三菱)などが創薬した「純国産」薬です。しかし、FTY720開発の主導権はノバルティスに移り、多発性硬化症に対する臨床開発も欧米で行われました。

多発性硬化症が白人に多い疾患だからかもしれませんが、日本の製薬会社と海外大手との、サイズの違いだけではない力量の差を思い知らされたような気がします。

関連論文
A Placebo-Controlled Trial of Oral Fingolimod in Relapsing Multiple Sclerosis
Oral Fingolimod or Intramuscular Interferon for Relapsing Multiple Sclerosis

蝉の幼虫から発生した冬虫夏草。Isaria sinclairii菌かどうかは不明。

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