超高齢時代「おひとりさま」生活のすすめ--上野千鶴子氏

老後の同居は幸せな時間を奪う、超高齢時代「おひとりさま」生活のすすめ--上野千鶴子氏(前編)
「いちおう結婚」社会の脱家族論、超高齢時代「おひとりさま」生活のすすめ–上野千鶴子氏(後編)

2008年の日本人の平均寿命が公表されました。男性は79.29歳(前年79.19歳)、女性86.05歳(同85.99)と男女ともに延び、3年連続で過去最高を更新しました。国・地域別では、女性は24年連続で世界一、男性は4位でした。そして、平均寿命は、年々上昇しています。本記事は、「超高齢時代のひとり暮らし」について書かれていて、非常に考えさせられたので紹介します。以下はその抜粋です(対談形式を要約、一部改変)。


高齢者のひとり暮らしは、決して少数派とはいえない。とくに男女の平均寿命の違いから、ひとり暮らしの女性高齢者の率は高い。65歳以上の高齢者で配偶者のいない女性の割合は55%。80歳以上になると女性の83%に配偶者がいない。

彼女たちはみな、家族から同居を避けられ、介護されない“かわいそうな”人たちなのだろうか。社会学者の上野千鶴子さんは明確に「ノー」と否定する。

高齢者の「幸福度調査」によると、中途同居では幸福度が低い傾向があります。幸福度が低いのは、それまで住んでいた土地で築いてきた人間関係をすべて失うのみならず、子世帯の「家風」に合わせなければならないことになるからです。

高齢者の子世帯との同居率は、金持ちと貧乏人で低く、中程度の経済階層で高いことがわかっています。低経済階層では、子世帯が自分の生活で手いっぱいです。高経済階層だと、経済的に余裕があるので高齢者が自ら別居を選んでいます。

家族間の介護の組み合わせで、最もストレスの高い関係は、「嫁から義母」の介護です。「やってあたりまえ」で評価も感謝もされず、遺産の相続権もない。ストレスが最大です。その結果、介護虐待も起きていますから、介護する方にとっても、介護される方にとって最も不幸な選択肢と言えます。

配偶者、つまり夫婦間の介護は幸せなのかといえば、そうともいえません。妻が夫を介護している場合、ともに高齢者である“老老介護”が多い。しかも夫のほうは、妻以外の他人の介入を非常に嫌がります。したがって夫が重度の要介護になっても妻は外部の介護資源を利用せず、自宅に抱え込むケースが多い。夫は妻への依存性が高く、24時間侍ることを要求します。妻は外出もままならず、社会的に孤立しやすい。

息子が老親を介護するケースが徐々に増えています。息子がもともとシングルであったか離婚したか。またはリストラされ経済的に苦しくなったことで同居率が高まっています。ところが、この息子たちが親を虐待する加害者のトップを占めているのです。

既婚の娘から実家の親の介護責任が免除されなくなりました。これまで娘は、嫁げば“他家の女(ひと)”になり、夫の親の介護は嫁としての義務でした。実親の介護は男兄弟とその妻が行うため、嫁いだ時点で介護責任は免除されました。しかし、いまその常識が、社会規範上も実質上もなくなりました。

(その結果、)既婚の娘に実家の親の介護責任がなくならず、しかも自分の家庭もあるため、別居しながら実家に通って親の介護を行う。また同時に夫の親の介護責任もなくならないといった“多重介護”の負担が娘にかかっています。

高齢者が「寝たきりになって、迷惑をかけてはいけない」と思うのは、かつては家族介護しか選択肢がなかったからです。ようやくいま介護保険によって、第三者が介入できる選択肢ができました。

鍵は、日本の税制・社会保障制度を世帯単位から個人単位に設計し直すことにあると思います。成人から「被扶養者」というカテゴリーを外すこと。つまり雇用があろうがなかろうが、既婚だろうが未婚だろうが、誰かの「被扶養者になる」という考え方をなくして、個人単位の制度設計をする。そのうえで、稼得能力がなくなれば所得を保障する個人単位の社会保障制度が絶対に必要です。

企業の安定雇用と連動していたのが婚姻率の高さでした。仕事に没頭できる環境づくりとして結婚は優位に働きましたが、もはやそれも崩れました。結婚してもしなくても最後はひとりです。これからは、婚姻はあくまでオプションであり、まずはひとりで生きていくスキルを磨くのが各人に必要とされている時代なのかもしれません。


冒頭に書いたように、日本の平均寿命は、世界のトップレベルで、まだ伸び続けています。このことを素直に喜ぶためには、高齢者がひとりでも安心して暮らせるような、医療や介護の仕組みを確立する必要があるのだろうと思いました。

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